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歓迎すべき空売り規制の見直し

2013年03月08日

金融庁は、2013年3月7日、「空売り規制の総合的な見直しについて(案)」及び「自己株式取得規制の緩和措置について(案)」を公表した。今後、パブリック・コメントの募集を経て、11月には所要の政令・内閣府令等の改正が施行される見通しである。2008年9月のリーマン・ショックによる市場混乱を受けて導入された緊急対応措置の期限が、10数回にわたって延長されるという事態に陥っていた日本の空売り規制が、ようやく正常化することとなる。

今回の規制見直しの主要なポイントは次の通りである。

(1)2008年に緊急措置として導入された空売りポジションの報告・公表制度を恒久措置に改め、空売り残高割合が0.2%以上に達した時点で報告義務を課し、0.5%以上に達した場合には公表する制度とする。空売り残高割合が0.3%、0.4%以上に達した場合や当初の報告水準である0.2%を下回った場合には変更報告を義務づける。また、ポジションの公表後0.5%を下回った場合にも公表を行う。

(2)2008年以前から恒久措置として課されている空売りに対する価格規制を改め、空売りに係る有価証券の価格が前日終値と比較して10%以上低い価格に達した段階で現行の価格規制と同じようなアップティック・ルールが適用される枠組み(トリガー方式)に移行する。価格規制が発動された場合、その適用期間は適用開始時点から翌日の取引終了時点までとし、取引所市場だけでなく現在は規制の対象から外されている私設取引システム(PTS)における取引も規制の対象とする。

(3)2008年に緊急措置として導入されたネイキッド・ショートセリングの禁止を恒久措置に改め、PTSにおける取引も規制の対象とする。

(4)2008年以前からの空売りの明示・確認義務及び2011年に導入された公募増資に関連した空売りの規制(日本版レギュレーションM)についても、規制の適用対象をPTSにおける取引に拡大する。

欧米では、金融危機時に導入された一部銘柄に関する空売りの全面禁止といった緊急措置が解除された後、危機の経験を教訓にしながら、平時の規制内容の見直しを進めている。例えば、アメリカでは2010年5月以降、証券取引委員会(SEC)による規則改正が施行されている。ヨーロッパにおいても、欧州連合(EU)が空売り規制に関する規則(regulation)を制定し、2012年11月から施行している。

日本においても、2012年11月以降、総選挙やその結果を受けた第二次安倍内閣の発足、同内閣が掲げる経済政策「アベノミクス」に対する期待感の高まりなどを背景に、株価がリーマン・ショック以前の水準を回復するなど、市場心理の安定感が増しており、緊急措置から脱却する時期が来ていた。今回の提案は、そうした観点からは時宜を得たものであり、内容的にも、空売り行為の経済的意義を基本的に肯定しつつ、市場が不安定化した場合に事態を悪化させる要因ともなり得るという問題点に鑑み、金融危機後の欧米における規制見直しの動きに学んだバランスの取れたものとなっている。

第一に、空売り規制の適用が、従来の取引所市場だけでなく、PTSにも及ぼされることとなる。機関投資家によるPTSの利用が拡大し、今後も更なる拡大が見込める中で、取引所市場とPTSにおける取引に対する規制の均衡を図ることは適切である。

第二に、価格規制を常時適用するという従来の枠組みが見直されることとなった。空売りの価格規制は、アメリカで1930年代に導入された制度を踏襲したものとも言えるが、アメリカでは1990年代に入って市場の流動性と効率性が向上したことで価格規制は不公正取引の防止策としては意義が小さく、かえって市場の機能向上を妨げているとの見方が台頭し、2004年8月以降、価格規制の段階的な撤廃が行われていた。金融危機を経て、2010年に導入された現行規制では、価格規制が部分的に復活したが、その内容は、個別銘柄の価格が前日終値から10%以上下落した場合に、当日及び翌日に限って発動されるというものであり、今回の金融庁による提案とほぼ同じである。このように、空売りの価格を常時規制するのではなく、価格が急落し、市場心理が悪化していると認められる場合にのみ規制するのは、妥当な考え方であり、市場の流動性と価格形成機能の向上に資するものと言える。

第三に、空売りポジションの報告・公表制度をめぐっては、市場関係者の間では、空売り残高割合0.25%以上のポジションがすべて公表されるのは行き過ぎで、正当な空売りを抑制し、空売りポジションに着目した投機的取引手法に利用されるだけだという批判が強かった。他方、当局や取引所としては、市場の安定確保を図る観点から、大きな空売りポジションが形成されつつある場合、それに関する情報を早めに確認しておきたいという意向もある。そこで、今回の提案では、報告義務の発生する空売り残高割合を0.25%から0.2%に引き下げ、その後の割合の変化についても報告させる一方、報告された情報の公表にいては、0.5%以上の場合に限ることで、当局による情報収集と情報の濫用的利用の回避という二つの目的の達成を図ろうとしているのである。この仕組みは、EU規則が採用したものと基本的に同じであり、妥当なものと言うことができるだろう。

第四に、金融危機時に導入されたネイキッド・ショートセリングの禁止が、恒久措置化されることになった。この規制は、空売りが不公正取引に利用されることを防止するという観点から行われてきた価格規制などとは異なり、正常な決済のできない空売りを排除することで、証券決済システムの安定、ひいては金融システムの安定性確保を図るという狙いから導入されたものである。空売り規制にこうした機能があることは、金融危機の経験を通じて新たに「発見」されたとも言える。決済の安定確保という規制目的は重要であり、今回提案された恒久措置化は妥当なものと言えるだろう。

リーマン・ショックから4年以上にわたって続いてきた空売り規制をめぐる不正常な状況が解消される見通しとなったことは喜ばしい。新たな規制の実施は、日本の証券市場に対する内外の投資家の信認を高め、流動性と価格形成機能の向上に資するものと期待される。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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