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日本銀行の白川総裁による記者会見-政策の感応度

2012年09月20日

はじめに

一昨晩、日経の電子版が「日銀が追加緩和を検討」と報じた後になっても、筆者には実感を持って受け止めることができなかっただけに、昨日の追加緩和は正直言ってサプライズであった。

しばらく他国のことばかり論じていたこともあり、今回は白川総裁の記者会見のなかから、興味深かった点を振り返っておくこととしたい(記者会見の模様は、Nikkei Businessにより配信されている)。

ポイント1:景気見通しの下方修正

昨日の記者会見では、冒頭の質問に対して、白川総裁が景気見通しのメインシナリオ自体を下方修正したことをはっきりと認めた。これは、リスクシナリオとし ての不確実性に対する従来の言及に比べて強いメッセージである。すなわち、海外経済に関しては、問題国の景気鈍化が中心国に伝播しつつある欧州や、いわゆ る"fiscal cliff"のリスクに晒される米国、予想以上に調整局面が長引いている中国など、主要地域のいずれもがダウンサイドリスクを抱えるなど、先行き不透明感 の強い状況にあることは確かである。しかし、今回の日銀による新たな評価によれば、これらのリスクが何らかの形や程度で具現化することをメインシナリオに したことになる。

市場やエコノミストは、日銀によるこうした"pre-emptive"な景気見通しの引き下げをむしろポジティブに評価する面があるかもしれない。 なぜなら、これまでは、日銀による景気見通しの見直しが実体経済の動きに対して遅延しがちである点を批判することが多かったからである。

その上で、今回の景気見通しの引下げは、別な問題を提起しているようにも思われる。第一に、筆者を含む外部の人間からみると、やはり、今回の景気見 通しの引き下げには唐突な印象も残るように思われる。注意深いBOJウオッチャーであれば、2週間ほど前の講演で、宮尾審議委員が景気の先行きに明確な警 戒感を示していたことを記憶しているかもしれない。本来ならば、追加緩和の是非に関する市場での議論が、そこからスタートすべきだったとも言える。ただ、 必ずしもそうならなかったことを考えると、日銀と市場との対話にはまだ成熟の余地があるということかもしれない。

第二に、白川総裁は、どの程度の下方修正を行ったのかは説明しなかった。日銀にとって不運であったのは、定例の景気見通しの見直しが10月下旬に予 定されていることに加え、白川総裁が指摘したように、主要国の経済指標の鈍化が急速であったことであろう。しかし、現時点で想定している経済のパスの大ま かイメージを示すことは不可能ではなかったように思われるし、日銀が「時間軸政策」を採用していることも考えれば、多少の幅を付しても、新たな見通しの概 観を示すことの意味は決して小さくないように思われる。

ポイント2:政策効果の相互依存

白川総裁に対しては、今回の追加緩和が、ECBによる新たな国債買入れ(OMT)やFRBによるAgency MBS買入れの再開といった政策措置に影響されたかどうかを問う質問が予想通りなされた。白川総裁はそうした見方を否定した上で、最適な政策措置は各国経 済が直面する問題に即して決められるべきであると強調した。

興味深いことに、白川総裁は、先般のジャクソンホールでのカンザスシティ連銀コンファレンスでのカルアナ氏(BISの専務理事)の講演も引用した。 白川総裁の説明によれば、カルアナ氏は、先進国の中央銀行は、自らの政策措置について、自国への直接的な影響だけでなく、海外に与える影響と、それが再び 自国に跳ね返る影響の双方についても、適切な注意を払うべきと主張されたようだ。

実体経済や金融システムに深刻なストレスがかかっている状況の下では、中央銀行が自国の問題だけに集中して政策対応を採ることも正当化されうる。た だ、政策措置が結果的に自国にとって有利な為替レートを招くようであれば、「通貨戦争」のような事態に陥る可能性もある。これは、金本位制が崩壊に向かっ ていた1930年代の再来とみることもできよう。

もしかすると、世界的な金融危機の後の世界で景気回復を加速させる上では、国際通貨制度に関して何らかの新たな知恵が必要なのかもしれない。そして、こうした議論をスタートさせる上では、来月の東京でのIMF/世銀総会がチャンスとなるかもしれない。

ポイント3:金融緩和の強さ

記者会見では、グローバルな視点から、日銀による金融緩和がECBやFRBよりも「弱い」のではないかという質問も散見された。例えば、OMTや Agency MBSの買入れには予め制約が設けられていないのに対し、日銀の資産買入れ基金には上限目標と達成期限が設定されているからである。こうした議論をラフだ と片付けるべきではない。なぜなら、昨日の声明文(第4パラグラフ)が明示するように、日銀は為替レートの動向を注意深く見ているとみられるし、市場では 金融緩和の「強さ」が為替レートの方向性に影響を与えるという見方が強いからである。

白川総裁は、FRBによる"QE3"も日銀による「包括緩和」もともに状態依存性を持つ政策措置であり、必要になれば強化するという点で共通すると いう趣旨の説明を行った。加えて、日銀による「時間軸政策」の方が、解除条件が特定の経済指標の水準-CPIインフレ率1%-に明示的に紐づけられている 点で、FRBよりも強力なコミットメントになっている点を強調した。

こうした議論自体はもっともであるが、多くの人を十分に納得させるものかどうかには異論もあるかもしれない。その最大の理由は、白川総裁の説明が、 政策措置のいわば「供給側」だけに言及しているからではないだろうか。上にみたように、最適な政策措置は各国経済が抱える問題の特性に依存するのであれ ば、政策措置のいわば「需要側」にも注意を払うべきであろう。

「需要側」の視点からは、白川総裁は、日本の実体経済や金融システムが、他の先進諸国に比べて良好な状態にある点を指摘することができる。例えば、 日本経済は、先行きに鈍化のリスクを抱えているものの、依然として潜在成長率を超えるペースで拡大している。この点は、米国の現状とは明らかに異なる。ま た、日本の多くの金融市場ではクレジットスプレッドが押しつぶされており、クレジットクランチの兆候も目立たない。この点も欧州とは全く異なる状況にあ る。

このように考えると、少なくとも日銀にとっては、政策措置の「需給双方」をカバーするような、金融緩和度合いに関する何らかの指標を持つことが望ま しいように思われる。それは、政策措置に関する説明責任を果たすことを容易にするだけでなく、金融経済情勢に対する政策措置の「感応度」を適切に維持する 上でも、有用になることが期待される。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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