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FRBのバーナンキ議長による記者会見-QE3

2012年09月14日

はじめに

FRBは、再び大規模な資産買入れ(FRBの用語ではLSAP, 一般的にはQE)を実施することになった。ただ、その対象は国債ではなくAgency MBSとなったし、政策の効果や考え方に関する意見の相違も含めて、記者会見での議論は興味深いものとなった。そこで、本稿では今回の政策措置の概要を検 討していくことにしたい。

ポイント1:買入れ対象資産

FRBがQE3に踏み切る場合、その対象資産は国債ではなくAgency MBSになるという考え方は、既に今年の4~5月に筆者が米国に出張した際にも多くの専門家が指摘していた。その背景として挙げられていたのは、景気回復 の足かせとなっている住宅市場の問題により直接的に対応しうるという理論的な議論とともに、国債の買入れはオバマ政権による拡張的な財政政策の「バック ファイナンス」と理解されやすく、政治的に難しいという議論であった。こうした議論を踏まえれば、FRBが今回Agency MBSを選択したことは決して驚きではないとも言える。

それでも、ジャクソンホールにおけるバーナンキ議長の講演以来-わずか2週間前のことである-米国債が堅調に推移するなど、少なくとも足許の市場は国債買入れを意識していたように見えるだけに、やや戸惑いも生ずるのかもしれない。

改めてその理由を考えると、まず、住宅市場の状況は盤石ではないとしても、夏以降に改善の動きがより明確になっており、対策の緊急性がやや後退した 印象を与えていることが考えられる。しかし、より重要な点は、FRBの政策目標との関係が見えにくくなっていることではないだろうか。つまり、ジャクソン ホールも含めてFRBが現在の政策課題として強調していることは、いわゆるdual mandateのうちで雇用の回復が極めて緩慢である点への対応である。そこで、Agency MBSの買入れが、どのようなメカニズムで雇用増加を加速するという目標に貢献するのかが見えにくいということである。

実際、今回の記者会見でも、Agency MBSの買入れがどのような波及効果を持つのかという点に関する質問が目立った。Bernanke議長の回答は、基本的にはジャクソンホールにおける講演 と同じであり、要するにどのような手段であれ、長期金利を低下させることができれば、そこから先は通常の経済理論が想定する効果-設備や住宅の投資を増や したり、資産価格の上昇を通じた資産効果を生んだりすること-であるというものに終始した印象を受ける。

少なくとも言えることは、QE3としてAgency MBSを買い入れることは、対象資産の点ではかつてQE1と同じでも、趣旨の点では、「信用緩和」的な性格の強かったQE1とは大きく異なることである。

ポイント2:時間軸

いわゆるQE3の陰に隠れてしまったが、今回のFOMCでは、現在の超低金利政策を維持すると予想される期間について、これまでは2014年後半としてい たものを2015年中盤までと変更した。つまり、我々の言葉で言えば「時間軸」を延長した訳であり、この点も、対象となる期間の金利上昇を抑制する点で金 融緩和策の強化という意味を持つ。

ただ、「時間軸」がコミュニケーションの明確化を通じた政策である点を考えると、いくつか考えるべき点も存在する。まず、経済見通しとの関係であ る。今回公表された実質GDP成長率見通しによれば、2012年については6月時点に比べて下方修正された一方で、2013~14年については若干ながら 上方修正されている。これだけをみると、Agency MBSの買入れを開始する必要があったのかという疑問が湧いても当然であるし、記者会見でも取り上げられた。

この点に対する技術的な回答は、FRBが公表する見通しは、FOMCメンバーが最適と考える金融政策が実施されることを前提としたものであるという ことである。より直接的に言えば、この見通しには-今回の政策判断が11対1の圧倒的多数で決まった以上-Agency MBS買入れにより期待される効果が既に織り込まれていることになる訳である。

こうした枠組み自体はFRBのみならず多くの中央銀行において定着したものではあるが、今回のような局面では政策判断の前提-QE3を実施しないと 経済はどうなるリスクがあるのか-をわかり難くしていることは事実である。この点は、コミュニケーション政策としては一つの課題とも言える。

FRBによる「時間軸」に関しては、解除条件の問題もある。米国経済は追加緩和が必要な状況にあるだけに、読者はexitの議論など早計と思われる かもしれない。しかし、「時間軸」の解除条件は、解除を円滑にするという効果だけでなく、「時間軸」を実施している際の効果を強める意味あいも持つことに 注意すべきである。

例えば、上記の経済見通しによれば、2014年には年率3%の中盤まで成長率が高まると予想されている一方、同年の失業率は7%近辺に止まると予想 されており、本年初にFRB自身が最大雇用の達成に関して示した目途(5.2~6%)に及ばない。従って、このような経済状況が出現した場合-あるいは出 現することが確実になった場合-金融政策に関する見方が分かれることで、「時間軸」の政策効果が減殺されるリスクが存在する訳である。

今回の記者会見でも、ウッドフォード教授による議論を援用しながら、FRBは「時間軸」の解除条件をより明確化すべきではないかという指摘がなされ た。バーナンキ議長は、米国経済を取り巻く不透明性があまりにも複雑であるとして、「時間軸」を単一の指標に条件づけることに難色を示したが、この点もコ ミュニケーション政策としての課題である。

ポイント3:ミクロの政策手段

ジャクソンホールでの講演に関する「ノート」でも議論したように、米国経済の主要課題が雇用にあり、かつ、今回の雇用問題が中小企業に偏った形で現れてい ることを考えても、あるいは先に見た住宅問題が、中小金融機関の与信能力や多くの家計におけるunderwaterの面で残されていることを考えても、ミ クロ的な政策手段にはまだ活用の余地があるように思われる。

バーナンキ議長も、記者会見の中ではこの点を強調した面もあったが、FRB自身がその役割を担うことには消極的な姿勢を貫いた。つまり、上記の講演 と同じく、ゼロ金利の状況において中央銀行が取りうる対策は、(1)中央銀行のバランスシートの活用と(2)コミュニケーション政策であると明確に言い 切っている。今回の追加緩和は、(1)としてのAgency MBS買入れと(2)としての「時間軸」を含んでいるだけに、最大限の政策努力をしていることになる。

バーナンキ議長のこうしたスタンスには、過剰介入という批判への配慮など様々な理由が考えられるが、いずれにせよ、FRBが現時点で守っている最後の一線とも言える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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