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ECBによる新たな国債買入れ-主な条件のインプリケーション

2012年09月10日

はじめに

市場の焦点は、不振に終わった米国の雇用統計を受けたFOMCの政策決定に移っている。ただ、先週発表されたECBによる新たな国債買入れ(OMT)の重 要さは少しも変わらないし、内容に関する議論もこれからという印象を受ける。そこで本稿では、OMTの主な条件を取り上げて、内容と意味合いを改めて検討 したい。

条件1:EFSF/ESMによるプログラムの実施

OMTの条件に関する公表文(Technical Features of Outright Monetary Transaction: 9/6日)によれば、国債買入れの対象となる国は、EFSF/ESMのプログラムを実施していることが求められる。これは、これまでの国債買入れ (SMP)には明示的には存在しなかった仕組みであり、対象国による財政再建への努力との関係でincentive compatibleな効果を持つことが期待される。

その上で、そこには注目すべき「付帯条件」がいくつか存在する。第一に、EFSF/ESMのプログラムについては、フル装備のマクロ経済プログラム だけでなく、予防的プログラム(Enhanced Conditions Credit Line<ECCL>の適用)も含むとしていることである。ECCLとは、経済や財政の状況は健全であるが脆弱性を有する国を対象に、EUとECBとの協 議に基づくconditionalityを条件として供与される資金供給枠である。

第二に、EFSF/ESMのプログラムについては、EFSF/ESMによる国債引受けを伴うことが条件であるとしていることである。そして第三に は、マクロ経済プログラムを現在実施している国については、国際金融市場での資金調達を再開できるようになったら、OMTの対象になるとしていることであ る。

これらを総合すると、いくつか興味深い点が明らかになる。まず、上記の第一と第三の条件からは、少なくとも当面の間は、OMTの対象として想定され ているのはスペインであることが推測される。なぜなら、EU/IMF/ECによるマクロ経済プログラムが実施されている3ヶ国(ギリシャ、ポルトガル、ア イルランド)は現時点で(試行的なものを除いては)国際金融市場での起債に回帰しておらず、第三の条件によってOMTの対象から外れるからである。これに 対し、スペインはマクロ経済プログラムの受入れに難色を示しているが、より限定的でconditionalityが軽いと考えられるECCLを受入れれ ば、第一の条件によってOMTの対象となりうる訳である。

また、上記の第二の条件によって、対象国の国債引受けがEFSF/ESMの役割であることが明確化されていることも重要であろう。確かにECBは、 そもそもOMTを流通市場からの国債買入れと位置づけているが、第二の条件によって、なし崩し的に国債引受けに関与するリスクに対して万全な歯止めをかけ ようとするECBの意図が窺われる訳である。

条件2:国債の買入れ対象年限と不胎化

買入れ対象となる国債の残存年限に3年以内という条件を設けたことは、前回の本稿で議論したように、OMTを金融政策の一環と位置づけることと整合的な面 がある。つまり、最長のオペレーションは3年物LTROであるし、ECBは、FRBとは違って長期金利に直接に働きかけるという考え方は採っていない訳で ある。もちろん、欧州の場合は、長期金利が上昇している国における原因は財政危機の懸念であるだけに、ECBとしては、問題国政府による財政再建の努力 と、上に見たEFSF/ESMによる国債引受けによって抑制されるべきであるという考え方を堅持しているということであろう。

その一方で、OMTの対象国がECBによる買入れを期待して、新たに発行する国債の年限を3年以内に集中させることが考えられる。

実際、9月6日の記者会見でもこの点が取り上げられたが、Draghi総裁は、そうした行動は問題国にとって適切でないと指摘した。すなわち、短期 的には合理的な行動ではあるが、OMTもいずれは停止されるとすれば、その時点で当該問題国の国債の満期構成は短期に偏ったものとなり、国債管理政策の上 で望ましい状況ではないということである。その時点では、問題国の金融経済情勢も盤石と言える段階にはないと考えられるので、筆者もこのような incentiveの歪みのリスクは小さいように思える。

ECBが、OMTにおいてもSMPと同様に不胎化(買入れ資金を市場から吸収)を条件として設定したことにも興味深い面がある。例えば、OMTを金 融政策と言うのであれば、資金を吸収しないという考え方も採りうる。それでも不胎化に拘る理由として考えられるのは、ECBが、OMTを通常の金融政策と 別物として位置づけたいという意向によるのかもしれない。つまり、ECBとしては、OMTによる資金供給をいったん中立化した上で、金融経済情勢の判断に 基づいて金融政策を運営したいと考えており、OMTによる資金供給が柔軟性の障害になることを避けたいのかもしれない。

しかし、もしそうだとしても、不胎化の条件は逆にECBによる金融政策の柔軟性を阻害する面もありうる。つまり、ECBが資金吸収を行うためには、 金融機関に対してプラスの利回りの付いた運用手段を提供しなければならないからである。この点で、ECBは、政策金利の引下げに自ら限界を設定することに なる。ユーロ圏の経済情勢を考えると、追加利下げが必要となる蓋然性の方が高いだけに、このリスクは単なる技術的可能性に止まらない。

条件3:無制限の国債買入れ

OMTについて、予め上限を設けないという条件は、問題国と市場に魅力的な響きを持っている。しかし、本稿で検討した様々な条件を考えれば、実際の買入れ 額は(イタリアが対象になるという事態を招かない限り)リーズナブルな水準に止まるという推計も可能である。この点について、本稿での議論に基づいてより 丁寧に考えることとしたい。

Thomson Reuterによれば、スペインのみが対象になるとした場合の本年10月時点でのOMTの最大買入れ可能額(残存1年~3年)は、約1450億ユーロであ り、これらの償還年限の分布は、各々2013年:約200億ユーロ、2014年:約670億ユーロ、2015年:約580億ユーロである。また、また、こ れ以降の年限別の償還額は、2016年:約580億ユーロ、2017年:約370億ユーロである。従って、前節にみたようなincentiveの歪みが生 じない限り、かつOMTが2015年頃で終了する限り、OMTの最大残高は2000億ユーロ程度に止まることが推計される。

さらに、ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの3ヶ国がOMTの買入れ対象に加わる-つまり、2013年に国際金融市場での起債を再開する-ことに なったとしても、OMTの規模が劇的に変わる訳ではない。なぜなら、2013年初の時点で、残存1年~3年の国債の残高は3ヶ国合計でも約600億ユーロ であるからである。

ドラギ総裁による「無制限」買入れというメッセージの背後では、このように冷静な推計も可能であることに注意を払うべきである。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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