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ECBのドラギ総裁による記者会見-OMT

2012年09月07日

はじめに

この数日の「リーク」のために、政策判断にあれこれ思いを巡らす意味での関心は減退していたかもしれないが、今回の政策理事会における決定内容が、ECB の政策運営の上で極めて重要であったこと自体は少しも変わらない。内容自体の解説はメディアの皆様にお任せすることにして、本稿では、記者会見での議論も 踏まえながら、新たな国債買入れの内容や意味合いを検討したい。

「信用緩和」という位置づけ

今回の声明文においてECBは、新たな国債買入れが、金融政策の波及メカニズムを守るためのものであると強調している。ドラギ総裁も、記者会見の中で、問 題国の国債利回りは、ユーロの崩壊といった"un-founded fear"などのために上昇圧力がかかっているため、ECBによる金融緩和が所期の効果を発揮できなくなっているとの見方を示した上で、新たな国債買入れ によって、これを修正しようとするものであることを再三強調した。

こうした説明にはしっくりしない面が残る。その最も単純な理由は、米国や日本の場合、「信用緩和」は民間のクレジット市場-米国はMMFやCP、日 本は銀行貸出-を対象に行われた一方、国債買入れは「量的緩和(QE)」の手段として活用されてきたからである。もちろん、これは日米と欧州で、金融政策 の波及を妨げた原因が異なることを反映しているに過ぎない。

より本質的な理由の一つは、利回りの抑制について目途が示されていない点である。これは、ドラギ総裁が記者会見で強調したように、問題国の財政再建 努力に対するモラルハザードを回避することに加え、国債買入れにおけるECBの裁量を確保するために重要な工夫である。しかし、同時に、新たな国債買入れ を通じてリスクプレミアムをどの程度抑制することを目指すのか、明らかにしないことでもある。これでは、「信用緩和」としての位置づけに疑問が生まれても 仕方がない面がある。

また、新たな国債買入れに関して、問題国がEFSF/ESMと合意したconditionalityを満たすことを条件として設定したことも理由に 加えることができる。これも、問題国の財政再建努力にモラルハザードが生ずることを避ける上で、重要な意味を持つことは明らかである。しかし、記者会見で いくつかの質問があったように、問題国がconditionalityを遵守するのであれば、そもそも国債の利回りに望ましくない上昇圧力が生ずるのかと いう疑問も湧いてくる。

これらの検討から明らかなように、ECBが新たな国債買入れを「信用緩和」と位置づけようとしても、副作用を抑えるための工夫によって、政策意図が 不明確になっている面がある。日米での「信用緩和」にも副作用-特定の金融市場や金融機関が過度に保護されるリスク-はあった。しかし、少なくともFRB は「信用緩和」の実施期間を最小に止めることで、リスクを抑制することができた。もちろん、ECBもそれを望んでいるであろうが、そこには問題国の財政状 況の改善には時間を要するという厳しい現実が立ちはだかる。

危機対策としての位置づけ

結局のところ、新たな国債買入れは欧州の金融システム安定のための危機対策であると言ってしまえば、議論がかなりすっきりすることは明らかである。だから こそ、conditionalityと一体で運営することで問題国による財政再建へのインセンティブを引き出すことには意味があるし、利回り目標のような 仕組みはモラルハザードとの関係で望ましくない点もより明確に主張しうるようになる訳である。

現在のECBにとって、それができない最大の理由はなお残る慎重論への配慮の必要性であろう。ドラギ総裁は、今回の記者会見の中で、政策理事会によ るOMTの枠組みの決定に対して一人が反対したことを明らかにした。もちろん、これはブンデスバンクのバイトマン総裁であると想像できる。こうした慎重論 を最終的に説得する上では、ECBによるOMTは、先進諸国の中央銀行が揃って実施してきた「信用緩和」に他ならないという解釈を貫き通すことが望まし い。少なくとも金融危機後の先進諸国では、中央銀行にとって、金融政策をきちんと果たすことができるよう、その波及メカニズムの維持についても自ら注力す ることが一般的になっているからである。ECBが新たな国債買入れをOMT(Outright Monetary Transaction)と名付けたことからも、「一般的な中央銀行の仕事」と見せたい気持ちが伝わってくる。

ECBがOMTを危機対策でなく「信用緩和」と位置づけたい理由がもう一つあるとすれば、それはECBによる銀行監督の役割を巡る議論がなお流動的 である点かもしれない。EU委員会や一部のNCBが主張するように、ECBがユーロ圏ないしEUの全ての金融機関の監督に責任を持つところまで行かなくて も、ECBが個別金融機関の監督においてより大きな役割を担う可能性自体は高まっているように見える。ただ、その場合に、新たな役割を含む金融システム安 定のための政策を、金融政策に関する従来の意思決定の枠組みやガバナンスの下で行うべきかどうかは、改めて検討する必要がある。こうした状況を踏まえる と、OMTに敢えてここで危機対策という看板をかけるよりも、「信用緩和」という金融危機の一部として位置づける方が、上記のように流動的な議論と関係な く実施に移すことができる点で都合が良い面があるように思われる。

無制限の国債買入れ

ECBは、OMTの枠組みに関する説明文の中で、国債買入れの規模に予め制限を設けないことを表明している。この点は、今年の夏休みを通じて、ECBの高官や域内主要国の政治家が様々な意見を提示したhot issueであった。

無制限の買入れという表現は、問題国と金融市場にとって魅力的な響きを持っている。しかし、OMTはconditionalityの遵守が前提であ り、かつ、現時点で経済プログラムを実施している国については、市場調達に復帰した場合には対象となりうると説明している。従って、OMTの対象国として は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルと、EFSF/ESMのconditionalityが想定されるスペインが近いことになる(イタリアも含めるべ きだろうか?)。しかも、OMTの買入れ対象は既発債かつ残存1~3年とされたので、潜在的な買入れ対象国債の総額のイメージを持つことはそう難しくな い。

筆者もThomson Reuterのデータにより、この4ヶ国の国債(ユーロ建てのみ)について、残存3年以内の残高をラフに総計してみたが、本年10月時点で約4000億 ユーロという数字が出てきた。OMTを通じたECBの国債保有がどこまで増えるかは、各国の国債管理政策に左右されるが、3年物LTROの合計額(1兆 ユーロ強)を考えても、そう異常な値ではないとみることもできる。「無制限買入れ」も、ECBがOMTに対する看板のかけ方に工夫を凝らしていることの現 れかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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