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ECBのドラギ総裁による記者会見-新しい国債買入れ

2012年08月03日

はじめに

今回のECB政策理事会については、7月26日のスピーチでドラギ総裁が"the ECB is ready to do whatever it takes to preserve the euro"と宣言したことを受けて、市場の注目が一気に高まっていた。残念ながら具体的な政策決定には至らなかったが、声明文の中で新たな国債買入れの導入を示唆したほか、別の「非伝統的」政策を検討していることも説明するなど、大きなステップを踏むことになった。そこで、記者会見での議論にも言及しつつ、新たな政策対応に関するポイントを整理しておきたい。

新たな国債買入れのレトリックと実質

今回の声明文において、ECBは国債市場の機能が損なわれ、極めて高いリスクプレミアムや市場の分断等によって、金融政策の波及が阻害されていることを問題視し、その改善がECBにとって重要な課題であると強調した。もっとも、これは、EFSFやESMが問題国との間できちんとした conditionalityを設定した上で、当該国の国債を買入れることで対応されるべき問題であると強調した。その上で、こうした条件が満たされれば、ECBも適切な規模での資産買入れを行うことを表明している。

記者会見の中で、ドラギ総裁は買入れ対象資産が国債であることを示唆したほか、償還期間の比較的短い物に買入れを集中する点で短めの金利に対する影響を意識しており、その意味で伝統的な金融政策に近いと説明した。また、こうした買入れは、中期的な物価の安定を目指すmandateの中で、かつ、金融政策に関する独立性を遵守しつつ行われるという声明文の表現を強調する一方で、買入れ規模はアプリオリには設定しないと表明した。

しかし、新たな国債買入れと伝統的な金融政策との間には明らかに距離がある。

まず、国債の買入れは国債市場の機能の改善を狙うものであるとすれば、それは今日的に言えば「信用緩和」に他ならない。また、FRBによるいわゆる QE2のような長期金利の抑制を目指す政策であれば、金利の低下目途を設定した上で、国債買入れ規模はそれを元に決めるというのが普通のやり方であるが、 ECBによる新たな国債買入れではそれが設けられていない。

しかも、国債の金利に上昇圧力がかかっている根源的理由は問題国の財政事情にあり、また、国債を保有する金融機関に対する信認にも深く関与している以上、ECBの新たな国債買入れが金融システムの安定化策という性格を色濃くもつことも明らかである。

ドイツの慎重論とその影響

それでもなお、金融政策の独立性まで持ち出しながら、新たな国債買入れの「正統性」を強調したことの理由が、政策理事会内での慎重論にあることは容易に想像が付く。実際、記者会見ではこの新たな国債買入れの議論が全会一致であったかどうか質す向きも多かったが、ドラギ総裁は1人だけ賛成を留保したと回答し、ドイツの反対が根強いことを示唆した。

こうした慎重論は、ECBによる新たな国債買入れもEFSFやESMの国債買入れが整えられることが前提であり、ECBが"whatever it takes"という言葉が推測させるように大胆に実施する訳ではないというドラギ総裁の説明にも影響しているものと想像される。また、ECBによる国債買入れには、EFSFやESMによる国債買入れとの間で何らかの条件付けが為される可能性もあろう。つまり、国債買入れの規模が、従来のEFSF/ESM分にECBの分が単純に上乗せされるとは限らないということであり、市場はどこかの時点で多少失望することになるかもしれない。

また、ECBによる新たな国債買入れにおけるより重要な課題は機動性の確保である。ECBは具体的なスキームを検討するだけで今後数週間を要するとしているし、ユーロ圏諸国の政府によるESMへの出資に関する批准も早くて9月中旬という状況にある。この間にスペインの金融機関の状況が深刻化することはありうるように見えるし、それを避けても、スペインやイタリアの国債利回りに断続的な上昇圧力がかかり続けることは避けがたいであろう。

だとすれば、ECBとして新たな国債買入れの導入にEFSFやESMの稼働を条件付けるとしても、必ずしも時間的な順序には拘らないといった柔軟な対応も必要ではないだろうか。この点に関しても、ドラギ総裁ないし政策理事会の多数派のメンバーは、ドイツの説得という難題を抱え続けることになる。

非伝統的政策のポイント

新たな国債買入れの枠組みが、声明文や記者会見によってある程度明らかになったのに比べると、声明文がわざわざ別途言及している「非伝統的手段」が何であるかは殆ど分かっていない。実際、記者会見の中では想定されるオプションを質す向きも少なくなかったが、ドラギ総裁はこれを頑なに拒否し、具体案を示すのに適当な時期でないとの回答を繰り返した。

そこで、どのような手段が考えられるか検討してみると、やはり「信用緩和」的なものが想定される。先に見たように、国債買入れも「信用緩和」的な性格を持っているだけに整合性は高い。その場合の具体的な手段としては、担保政策の一段の柔軟化に始まり、クレジット資産の買入れに至るまで様々なものが考えられる。

しかし、こうした「非伝統的手段」の導入も、市場センチメントの改善以外には政策効果が限定的になるという懸念を、他ならぬECB自体が示唆している。つまり、声明文の後半で詳細に議論されているように、ECBが懸念するユーロ圏での銀行貸出の急減の要因が、貸出側の慎重姿勢というよりも、借り手の信用条件を反映した需要減に大きく影響されているという見解を示しているからである。我々は、資金需要の減退を主因とする銀行貸出は、政策措置による活性に限界があることを知っている。

おわりに

このように、新たな国債買入れの内容を巡るドイツとの厳しい調整や、新たな「非伝統的政策」に係る限界などを考えると、今回の政策理事会も、実は、事後的に見れば結構ぎりぎりの展開であったことが想像される。

ドラギ総裁は、記者会見の冒頭で、夏休み時期にも拘わらず多数参加した記者に謝意を述べていたが、今回の政策理事会を挟んで精力的に働かなくてはならないのは、他ならぬドラギ総裁と政策理事会メンバ-ということである。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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