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ECBのドラギ総裁による記者会見-気持ちの問題

2012年07月06日

はじめに

今回のECB政策理事会は、政策金利の引下げを決定しただけでなく、EUサミットにおけるBank Unionに関する合意-特にECBに銀行監督機能を付与する点-を受けての初めての会合であった。それだけに、ドラギ総裁による記者会見の焦点も、個々の問題国から、久々に"Pan Europe"へ戻った印象を受けた。いつものように、主なポイントを整理しておきたい。

利下げの背景と効果

ECBは市場予想通りに25bpの利下げを決定した。その背景は声明文にも示された通り、ECBにとってのダウンサイドリスクが顕在化したことである。こうしたロジック自体は、金融危機前の金融政策の古き良き時代とまったく変わらない。

ただ、景気がなぜ減速したかについて、ドラギ総裁は企業や家計のセンチメントの悪化を強調した。つまり、第2四半期以降に景気が減速しているのは、 3年物LTROによる一時的な楽観論が後退する一方、スペインの銀行問題への対応における混乱を契機として、ユーロ圏に財政と金融システムの先行きに関する不安が再び広がったためと考えていることを意味する。こうしたロジックは、もちろん、古き良き自体とはまったく異なる。

この解釈が正しければ、EUサミットで財政と金融システムの双方の正常化に向けたロードマップが示されれば、センチメントが悪化し続けることは避けられ、景気悪化に歯止めがかかることも期待できるはずである。このような推論が正しいかどうかは各種のサーベイデータで今後に確認されることになろう。ただ、今回のEUサミットではBank Unionに焦点があたっただけに-筆者自身は、後述のようにこれ自体重要だと思うが-広くアピールしにくく、従って、企業や家計のセンチメントに影響しにくいことは否定できない。

その上で、ドラギ総裁は、利下げに期待される効果を、(1)銀行がECBのオペで調達している資金のコストを引き下げる、(2)銀行がECBの預金で運用する資金の収益をゼロにすることで、有効な運用を促す、(3)市場に対し、ECBが中期的な物価安定を目指して金融政策を適切に運営するとの確信を持たせる、という3点に整理した。しかし、同時に、冒頭のCNBCの記者に対する回答を含めて、銀行貸出に対する需要がそもそも弱い状況では政策効果に限界がある点も再三指摘していた。この点は、ECBによる直近の銀行貸出サーベイが、銀行による貸出供給の厳格化が一服したことを示したこと等を踏まえたものであろう。

しかし、日米の経験が示すように、銀行貸出の減退が需給いずれの問題によるかを正しく認識することは難しいし、ドラギ総裁自身が認めたように、供給側にも自己資本の先行きを含めて貸出に慎重になる理由は確かに存在する。従って、先月のバーナンキ議長と同じく、金融政策の波及経路としてのCredit Channelに関する議論に徐々に踏み込んでいるドラギ総裁にとっては、意外に多くの記者(4名)が質問したように、適格担保の見直しが今後も重要なカードであることが示唆される。

ECBによる銀行監督

ECBは「本業」である金融政策の変更を決定したのであるし、今回の記者会見の場で議論すべきかどうか微妙な感じもあるが、やはり、多くの記者がECBによる銀行監督を取り上げたし、筆者自身も利下げよりもむしろこのテーマについて、ドラギ総裁がどのような考えや方向性を示すかが関心事であった。

もちろん、ドラギ総裁は、具体的な枠組みはEU委員会が起草し、ECBがコンサルテーションを受けることになっているとして慎重な言い回しに終始したが、その上で、5番目のReutersの記者に対する回答の形で、このテーマに関して重要と考えることを6点に整理して指摘した。すなわち、(1)銀行監督を統合することは、域内金融市場の統合という、より大きな目標の一環として捉えるべき、(2)ECBは常にレピュテーションを堅固に守る、(3)銀行監督は金融政策とcommingleしてはならない、(4)ECBは政策運営における独立性を維持する、(5)ECBは銀行監督における各国当局の能力を尊重する、(6)(銀行監督という)新しいタスクに対しては民主的なアカウンタビリティが必要である、という点である。

上記の事情を反映してこの6点もなお抽象的であるが、ドラギ総裁あるいは政策理事会の感覚を窺うことはできる。第一に、(3)が言及する通り、銀行監督と金融政策をECB内に上手く併存させることが、当然ながら大きな課題として意識されているとみられることである。ただ、この点には、(4)が言及する金融政策の独立性との関係や、個別金融機関に関わることに伴う(2)へのリスクなど、いわばダウンサイドの面だけが関わるわけではないように思う。例えば、前節で見たように、今やECBが金融政策のCredit Channelに一段と目を向ける必要があるならば、金融システム安定により深く関わることはマイナスでない面もあるからである。

第二に、(5)の点から見て、銀行監督と言っても、域内すべての金融機関を対象にするわけではないという考えが推察されることである。実際、ドラギ総裁は、(5)に関する補足的なコメントとして、各国の金融機関の監督に関する知見やスキルは各国当局に存在すると述べている。これらをもとに「外挿」すれば、ECBが銀行監督として想定する対象は、域内の金融システムにとって重要な金融機関であるとみることもできるかもしれない。この点をより直接に質問したのは9番目のFTの記者であったが、ドラギ総裁が例示した対象がいわゆるG-SIFIやSIFIであったことも興味深い。

ドラギ総裁の言うように時期尚早ではあろうが、今回の記者会見から示唆されるECBと各国当局の関係のイメージは、米国のFSOCとOCCのような構造とも見える。ただ、その場合でも、EBAや監督当局のCollege、さらにはECB自身が深く関わるESRBとの関係をどう整理するのかという課題は残る。

第三に、(6)が言及するように、中央銀行が銀行監督に携わる場合のアカウンタビリティの難しさが意識されているとみられる点である。これは一段と抽象度の高い議論に見えるが、8番目の記者による追加質問へのドラギ総裁による回答を踏まえる限り、民主的な選挙で選ばれたのではない中央銀行が、銀行監督のように行政を執行する部分を含む業務に携わる場合の、議会や国民に対する説明責任のあり方を指しているのであろう。既にこうした課題に直面している中央銀行は域内にも存在するが、複数国の国民を相手にする分だけ、当然に難しい面は残る。

Bank Unionとして合意された内容の実現目標が本年末であり、ドラギ総裁も認めたように、それより早く実現するに超したことはないとすれば、ECBによる銀行監督は今後数ヶ月で一気に議論を進めなければならないことを意味する。ドラギ総裁には、足許の政策運営に加えて、組織のマンデートを巡る調整能力が求められる。

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