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ECBのドラギ総裁による記者会見-Methodology

2012年06月07日

はじめに

市場には追加的な政策対応に対する期待もあったが、今回のECB政策理事会は、実質的には「現状維持」という政策判断を下した(ただし、MROと3ヶ月物 LTROにおける固定利回りでの全額割当ての扱いについては、各々来年1月および本年末まで継続することを決めた)。こうした判断の背景に関する議論を含めて、記者会見の主なポイントを検討しておきたい。

景気と物価の見通し

今回の政策理事会には、定例に従ってECBスタッフによるGDP成長率とHICPインフレ率に関する見通しが提示された。ドラギ総裁が記者会見の冒頭に読み上げた声明文によれば、GDP成長率の見通しは3月時点と殆ど変わらず(特に2012年分は、-0.5%~0.3%で不変)、HICPインフレ率も見通しの中央値は不変で(2012年が2.4%、2013年が1.6%)、レンジが狭まっただけであった。

この点に関して興味深かったのは、「現状維持」の背景を問う質問(16問中4問)に対して、ドラギ総裁が、景気情勢の判断が変わらないので政策を据え置いたという説明を行った点である。こうした観点からの説明は、一見すると合理的で説得力のあるものに映るかもしれないが、少し考えてみると議論が噛み合っていない面もあることがわかる。

すなわち、現時点で最も重要な政策課題の一つは金融システムの安定と機能を維持することである。しかも、ドラギ総裁自身が本稿の冒頭で触れた「固定利回りで全額割当て」のオペを続ける理由の中で示唆したように、この問題は中央銀行による政策対応が大いに貢献しうる領域である。従って、政策金利の引下げだけを取り出すのであればともかく、そうでなく、より広い意味でのECBによる追加的な政策対応を考えるのであれば、景気情勢の判断という文脈だけで議論することはミスリーディングな面がある。

この点は、金融システムと実体経済とのフィードバックまで考えると、さらに難しい面が出てくる。ドラギ総裁がCNBCの記者への回答で認めたように、刻々と変化する金融システムの状況は、企業や消費者のセンチメントなどを通じて、短期的にすら実体経済の動向に影響を与えうる。より長期には、我々が体験したように、銀行問題が実体経済を大きく左右することが考えられる。その一方で、金融システム面でダウンサイドがある下で、現状の政策対応が十分であるかどうかを示す分かりやすい尺度としては、ドラギ総裁が言及した通り、「リーマンショック」当時との局面比較のようなものしか利用できないのが実情だからである。

3年物LTRO

前節の議論ともオーバーラップするが、ECBは再び3年物のLTROを行うべきかどうか、あるいはどのような状況になれば再び実施すべきなのかということも、引続き重要な論点であるはずである。今回の記者会見ではこの点を直接に取り上げる質問は2問と予想外に少なかったが、他の質問への回答を含めて、ドラギ総裁ないし政策理事会の考え方がある程度示唆されたように感じられた。

現時点で3年物LTROを再実施しない判断に関して、まず、ドラギ総裁が度々強調したことは、少なくとも現時点ではマクロ的には資金供給は潤沢な状態になっており、問題はその資金が偏在し、かつ銀行間を流れないことであるという認識である。この点に関しては、FTの記者が指摘したように、適格担保の柔軟化と一体で行えば、3年物LTROも資金偏在を緩和することにも、ある程度は貢献しうる可能性もある。ただ、それも金融システムの状況が改善していかなければ一時的な効果に止まるであろうし、市場機能の大きな回復に繋がるとまでは主張しにくいであろう。

より冷静に考えれば、ECBが資金偏在に対するMMLRの役割を目指すとしても、それは必ずしも3年物の資金供給である必要は無く、冒頭に述べた 3ヶ月物のLTROのロールオーバーなどで十分とも言える。過去2回の3年物LTROを契機に金融システムのストレスが(一時的には)低下しただけに3年物LTROが万能である印象を持ちやすいが、それは誤解を含んでいる。つまり、ドラギ総裁が今回の記者会見でも強調したように、昨年末には、欧州系銀行による2000億ユーロ以上の債券償還が本年第1四半期に円滑に進むかどうかがストレスのコアにあっただけに、巨額の3年物LTROが既発債の事実上の借り換えの役割を担ったからこそ、結構効いたと理解すべきかもしれない。

さらに言えば、特に1回目の3年物LTROの際に目立ったように、仮に一部の銀行がLTROで調達した資金で自国国債を買入れるのであれば、それは公的な資金を使って利鞘を抜いているといった「道義的」な問題だけでなく、銀行システム全体としてみたソブリンリスクへのエクスポージャーを事実上増やすことに繋がるという問題も抱えている。こうした国債を適格担保としてECBが受入れることで、ECBによる資金供給を円滑にする上では、いわば「必要悪」の面もあろうが、ECBが同時に金融システムの安定維持に寄与しようとする以上、その量が増大していくことは必ずしもcomfortableでないはずである。

その上で、ECBは、現時点で大規模な政策対応を打つことが、各国政府の財政健全化や銀行の体力強化などに向けた様々な「構造改革」の努力に対するインセンティブを失わせることを強く警戒している。ドラギ総裁も、今回の記者会見で、この政治的な問題も比較的明確に主張している。

次の3年物LTROには、このような難しい課題が待ち構えている。

Eurovision

今回の記者会見では、今月末のEU サミットで議論されるとみられるEUないしEMUの長期ビジョンについての質問も目立った。

ドラギ総裁は、域内各国で「財政緊縮疲れ」が表面化しているが、この問題を超えて財政健全化と経済成長が同居する環境を作り出すには、長期的にどこまでやれば良いのかを示すことが重要であることを強調した。そして、EMUの結成に向けて各国が努力した1980年代や90年代のように、いくつかの重要な節目をもった長期的なロードマップを示すとともに、これらの節目を達成するためのmethodologyも併せて示すことが重要であると述べた。

こうした主張自体に反論することは難しい。また、欧州金融システムのストレスが再び高まる中で注目が集まっているように、財政統合だけでなく金融(監督)統合を目指すのであれば、それらがどのような段階を経て、いつまでに達成することを目指すか明確になれば、金融システムの安定にとって大きな意味を持つ。

その意味でも、ドラギ総裁が誇ったように、市場は欧州諸国の首脳陣による統合に向けたコミットを過小評価しているかもしれない。しかし、そうした政治家を支える各国の有権者まで考えれば、市場が不安に思うのもまた無理のないことのように思える。

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