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ECBのドラギ総裁による記者会見-Growth Compact

2012年05月07日

はじめに

市場関係者の関心が米国の雇用統計に向かっているせいか、今回のECB政策理事会への関心は必ずしも強くなかった印象も受ける。しかし、欧州の景気減速が明確となってきたほか、オランダの予算審議を巡る混乱やフランス等での選挙を控えて政治的な不安定性が高まってきた中で、ドラギ総裁が経済政策の処方箋の方向性を変えるなど、今回の記者会見にも様々に興味深い面があった。そこで、いつものように主なポイントを検討しておきたい。

Growth Compact

ドラギ総裁がEMU諸国の政府に要求してきたのは、言うまでもなく、財政健全化である。その背景には、短期的に見て、財政に対する市場の信認を回復することがソブリンリスクの低下に繋がるだけでなく、長期的に見ても、不要な歳出の削減と構造改革を進めることが、問題国の競争力強化を実現するという考え方がある。

しかし、ECBによる今回の声明文が指摘したように、本年第1四半期のユーロ圏の経済活動は安定したものの低水準に止まり、先行きもダウンサイドリスクが明確になってきた。こうした中で、ドラギ総裁は、4月25日の欧州議会での議会証言の中で、経済情勢が厳しい局面を迎えたことを認め、域内諸国がともに経済成長を目指すための"Growth Compact"が必要と発言したと報道されている。もっとも、その内容については言及しなかった模様である。

このため、今回の記者会見の4番目の質問に対するドラギ総裁の長い回答は、Growth Compactに関する初めての具体的説明である。すなわち、経済成長を政策論の中心に戻すことが重要とした上で、 ①域内諸国が、労働市場における flexibilityやmobilityの向上に加え、若年層に対するequalityの改善に取り組む、②低成長国でのインフラ投資をEU資金を活用しつつ推進する、③財政統合を含む中央政府の強化など、EMUの10年後の姿を明確に示す、ことを柱とすべきとした。あわせて、WSJ紙の記者に対する回答等で、短期的には政府が投資を抑制するのも仕方ないが、長期的には、投資を維持し歳出削減は経常支出でなされるべきとした。

筆者は域内でのインフラ投資の必要性に対する見識を持たないが、これらの柱は全体として合理性を有しているように見えるし、もしも③が実現するようであれば-ドラギ総裁はEMU設立に向けた1990年代のようなスケジュールの公表を念頭に置いている-金融市場の安定化にも寄与することが期待される。

その一方で、課題は財政健全化とのバランスである。足許では、景況感の悪化とともに、主要国でも財政健全化の旗色が悪くなっている。つまり、オランダでは財政削減目標の達成を目指した予算審議が紛糾したほか、今週末(6日)に迫ったフランス大統領選の決選投票も、財政緊縮路線を強く批判するオランド候補の優勢が報道されている。ドラギ総裁も、上記の説明で成長戦略と財政健全化は矛盾しないと強調したが、財政健全化を一貫して強調してきたECBが Growth Compactを語るようになれば、こうした政治情勢の下で、政策論に関するバランスが成長路線へ大きく傾くことも考えられる。それは、足許の景気にとっては良いことであろうが、域内諸国の不均衡調整を先送りすることにもなる。

あわせて、Growth Compactの議論が、果たしてECBの意見なのかドラギ総裁の個人的意見なのか判然としない面もある。少なくとも、これまでのNCB総裁のコメントを念頭に置くと、これらの柱の内容だけでなく、経済成長を強調する議論を持ち出すことの適否にも、様々な意見がありうるように思われる。そうであれば、これから各総裁から様々なコメントがなされることで、我々のような外部の主体にとって政策の方向性がむしろ分かり難くなることも考えられる。

LTROの評価

今回の記者会見でもう一つ重要であったのは、LTROの効果に対する見方である。スペインの記者による13番目の質問に対し、ドラギ総裁は、過去2回の3 年物LTROについて確認されている効果として、①credit crunchを防止した、②金融機関の貸出姿勢も相当にless tightになった、③問題国を中心に預金流入が回復した、④M3の増加率が上昇した、⑤金融市場のストレス指標やボラティリティが低下した、という5点を挙げた。

これらには、①と②と④のようにほぼ同じことを別な面から見ているだけであったり、それらの結果としての⑤という可能性も含めて、重複感が否めない面がある。更に、③は、家計や企業のリスク選好度が低下して、re-intermediationが生じただけかもしれない。それでも、全体として、金融機関の資金繰り不安を抑制し、その結果として急速な貸し剥しを回避し、金融市場の安定化に寄与したことは、ドラギ総裁のみならず、多くの人が認める点であろう。

その上で、課題として残るのは、景気対策としてECBに何ができて、何をすべきなのかという点である。ECBが景気後退のリスクを認めたこともあって、今回の記者会見でも、政策理事会において追加緩和を巡る議論があったかどうかを問う質問が目立った。もっとも、その場合に各質問者が念頭に置いている政策手段としては、利下げだけでなく3回目のLTROもあったし、国債買入れ(SMP)の再開もみられた。

ドラギ総裁も、今回の記者会見では、ECBの政策理事会として、現時点では域内の金融環境は十分に緩和的であると評価しているとした上で、今後についても柔軟に対応することを強調しつつも、政策手段に対する具体的な言及は避けている。

景気後退に対する中央銀行の伝統的な処方箋は利下げであり、現在の政策金利が1%であるECBには、FRBや日銀と違って利下げの余地もある。ただ、金融調節面でのcorridorを縮小するとしても、その余地自体は大きくない。一方、中央銀行が直接的に影響を及ぼしうるのが金融システムであるとすれば、上記のような効果を挙げたLTROの追加がある。しかし、金融機関の資本増強に進捗がみられない国が存在する中で、事実上、金融機関による国債保有を一層促すことは適切かどうかという問題も残る。さらに国債買入れを(日米のように)景気対策として使うとすれば、「信用緩和」としてのSMPの整理が必要となるし、何より、ECBに禁じられた財政移転との関係はむしろ難しいようにも思われる。

このように、ECBによる追加緩和策を巡る状況も、日米に劣らず厳しい状況にある。同時に、この点は先に見たGrowth Compactの議論にも関わる。つまり、ドラギ総裁が成長促進策の強化を主張すること自体は適切であるとしても、ECBには、中長期的な物価安定の維持以外には、これに資する能動的で効果的なアプローチが見当たらない。そうなると、中央銀行に対する風向きが悪い下では、経済政策の責任を転嫁しているといった批判もありうる。金融危機後の経済成長に中央銀行がどのように貢献すべきなのかという点でも、日米欧は同じ課題を共有しつつある。

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