1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁による記者会見-古き良き金融政策

ECBのドラギ総裁による記者会見-古き良き金融政策

2012年04月05日

はじめに

毎月が文字通りの「正念場」であった昨年後半を思うと、今回のECB政策理事会は、いつもの木曜日でないだけでなく、急いで対応すべき政策課題も見えにくく、市場の関心は低かったようにみえる。筆者も、ドラギ総裁の説明を聞きながら、時間が数年にわたって後戻りしたかのような印象を受けた。こうした点も含めて、いつものように記者会見のポイントを検討しておこう。

Exitを巡る議論

このところ、NCBの総裁を中心に、ECBによるLTROを中心とする巨額の資金供給を必要に応じて見直すべきとの発言が目立ったこともあり、今回の記者会見でも、政策理事会におけるExitに関する議論の有無やExitの見通しに関する質問が目立った。ただ、ここで注意すべきなのはExitの内容である。上記のようなNCBの総裁のコメントを踏まえれば、Exitは巨額の資金供給の解除を指すことになる。一方、金融政策を普通の意味で議論する場合の Exitとは、超金利政策の解除を指すことになる。

ドラギ総裁が、冒頭の質問への回答を含めて明確に指摘したのは、超低金利政策の解除については全く議論しておらず、このような議論は時期尚早という判断であった。一方で、2回の3年物LTROを中心とする巨額の資金供給については、もちろん、金融機関の資金繰りを安定化させることで金融システムの小康に繋がった点を指摘した上ではあるが、今後も効果や影響を丁寧にチェックしていくという趣旨の発言を繰り返した。

ドラギ総裁が注目すべきデータとして指摘した各国銀行のバランスシートを見る限り、本格的なデレバレッジはこれからという状況にあることは否定できず、巨額の資金供給を早期に見直しうる状況にないことは明らかである。ただし、この意味でのExitを議論する際の難しさは、政策金利の場合のインフレ率のようにある程度安定した関係を持つ目標がないし、そもそも、何をもって金融システムが安定したと判断するかにコンセンサスがないことであろう。

この難しい課題を解決するための知恵は、資金供給の枠組みに市場メカニズム(金利や担保の面)を組み込み、銀行が中央銀行からの資金調達が不要になった際に進んで返済するインセンティブを与えることである。このように判断を市場に委ねることは、危機対策を過度に早期に解除したり、必要以上に続けたりするリスクを減らすことに繋がる。LTROに繰り上げ償還のオプションのような措置が組み込まれている点で、ECBは少なくともこの課題への対応を意識していると言える。

政府保証付銀行債の扱い

危機対策に関してもう1点質問が繰り返されたのは、NCBの一部が政府保証付銀行債について、資金供給オペの適格担保として受け入れない動きを見せていることの評価である。すなわち、ドラギ総裁が丁寧に説明したように、金融危機の初期において、銀行の資金調達を円滑化する目的で、各国政府は独自に自国銀行の発行する債券に債務保証を付すという危機対策を実施していた。こうした債券を取得した銀行が他国のNCBに担保として差し入れることができないケースをどう考えるかということである。

この点へのドラギ総裁の回答も明確であり、NCBは自国政府の保証であればともかく、ユーロ圏内であっても他国政府の保証に伴うリスクの評価については裁量を有し、その結果として受け入れたり拒否したりする判断は尊重されるべきというものであった。

こうした回答内容自体は極めて合理的であるし、むしろ、ドラギ総裁がSMPを巡る質疑の中で強調した「条約の精神」に鑑みれば、ある国のNCBがこうした債券を適格担保として受け入れることの方が、他国政府に対する与信に繋がりうる点で、むしろ望ましくないと考えることもできるかもしれない。

しかし、銀行債に政府保証を付けることの危機対策としての意味合いに立ち返ると、適格担保として受け入れないという判断に無条件で賛成する訳にも行かないのではないか。ユーロ圏内のNCBが適格担保として認めない可能性が意識されれば、将来、再びこのスキームによる債券を発行した場合にも円滑な消化が難しくなるリスクが生じる。この問題の核心が、中央銀行はユーロ圏で統一されている一方、財政のみならず金融システム安定策も各国政府に分断されているという非整合性にあることは言うまでもない。しかし、その解消になお長時間を要するのであれば、この部分のリスクはNCBからECBに移転して集中管理することなども含めて、それまでのより良い対応を考える必要がある。

物価安定の時間的枠組み

先にみたExitのうち超低金利政策の解除に関しても、今回の記者会見では予想以上に多くの質問があった。なかでも質問が繰り返されたのは、2012年中はインフレ率が2%を超え続けることを予想しているのに利上げは考えないのか、という点であったし、今回の声明文がECBによるインフレ警戒姿勢の強化を示唆するのではないかという指摘もみられた。

ドラギ総裁は、ECBによるインフレ警戒が強まったとの見方を明確に否定するとともに、エネルギー価格や間接税の上昇も他の財へのパススルーを生じておらず、インフレ期待も安定している点を強調した。その上で、ECBとしても2013年にはインフレ率が2%以内に収まると予想している点を説明した。

このような質問は、金融危機前の「平時」には見られなかったはずである。なぜなら、金融政策が景気や物価に影響を及ぼすには大きなタイムラグがあることは常識であったからである。従って、ECBの上記のような見通しを前提とすれば、例えば現在、利上げに踏み切るようであれば、インフレが減速し始めたところでさらに景気を押し下げるというプロシクリカリティを招きかねない。

欧州のみならず、金融危機の影響が完全には払拭されていない先進諸国で、金融政策の波及メカニズムに関する理解が中央銀行と市場との間で共有されていないことは、中央銀行の政策が予想外の影響を生んだり、市場が政策の先行きを見誤ったりするリスクを高めるだけに、看過しえない課題となったように思える。

おわりに

Exitとかインフレ懸念といった単語がしばしば言及されたように、今回の記者会見は、まだユーロ圏が健全な状態にあった2007年以前に逆戻りした感覚を呼び起こす面があったし、ドラギ総裁が長めの説明を行う機会が目立ったのも、そうした雰囲気に浸っていたかったからかもしれない。しかし、ドラギ総裁自身が、記者会見の中で現状を表現するのにtemporaryなpeaceという儚い表現に言い直したことが示唆するように、欧州経済の様々な課題の大半は先月と変わらず残っているのである。

このページを見た人はこんなページも見ています