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ギリシャに対するPSI:12個目の星

2012年03月12日

ユーロのモニュメント

ECB本部が入っている「Euro Tower」の前には小さな広場がある。ごく普通の広場だが、読者の皆様は見覚えがあるのではないだろうか。なぜなら、そこにはユーロの巨大なモニュメントがあり、ユーロ圏で良からぬことが起こる度に、多くのメディアがEuro Towerを背景とするモニュメントの写真-しばしば、流し撮りを使ってモニュメントが崩れるように見せた写真-を使っていたからである。

今般のギリシャによるPSIの実施に関しては、幸いにもこうした流し撮り写真は使われておらず、予想以上に多くの投資家の参加を得た点を評価する論調が目立つ。しかし、直ちにギリシャ経済が健全さを取り戻す訳ではなく、今後もIMFとEUの管理下で構造調整を続けなければならない。そこで本稿では、 PSI後のギリシャの調整過程で生じうる問題について、金融面を中心に検討したい。

債務削減に伴う中長期的な影響

PSIに伴う債券の交換によって、ギリシャは債務残高を劇的に減らすことができる。ギリシャ財務省の公式発表(3月9日)によれば、国内法に基づく国債(1770億ユーロ)のうち、約86%相当分について投資家から債券交換への合意を得たとしている。債券交換に伴うディスカウントは元本の約54%に当たるので、820億ユーロ程度の債務が消えることになる。

もっとも、IMF/EUによる第二次支援(1300億ユーロ)の前提かつ条件は、PSIによる約1000億ユーロの債務削減なので、これだけでは不十分である。このため、ギリシャ財務省は非ギリシャ法に基づく国債に係る債券交換の申込期限を今月23日まで延長するほか、国内法に基づく国債について、自発的交換に応じない投資家にも強制的に新債券に交換する条項(CAC)を発動するとしている。発動されれば、CDSのクレジットイベントが多発する可能性も残るが、必要な規模の元本削減を実現することになろう。

ギリシャにとって、元本削減とともに重要なのは金利減免である。新債券の利率は、現在のギリシャ国債の流通利回りよりも遙かに低い水準からステップするよう定められており、特に足許の困難な時期において国債費が抑制されることの意味あいは小さくない。

その上で、ギリシャの将来を展望して留意する必要があるのは、少なくとも数年間は国際金融市場からの資金調達が難しくなったことである。仮に、ギリシャに対する第二次支援策の下でのfinancing gapが拡大した場合も、その埋め合わせは公的部門に依存せざるを得ない。また、ギリシャ経済を立て直す上では諸外国からの直接投資が大切であるが、 PSIによって民間投資家に大きな損失を負担させた後では、当面は顕著な増加は望みにくくなった可能性がある。

公的部門の役割増大に伴う中長期的な影響

ギリシャにとって公的部門の債権者としての役割が増大することは、さらに二次的な影響を生む。第一に、ギリシャがEMUを脱退するインセンティブは-IMF/EUとの交渉におけるレトリックを除けば-さらに低下するであろう。言うまでもなく、ギリシャは国際金融市場から独力で資金を調達するのが難しい状況に置かれるからである。

第二に、ギリシャ問題が国際金融市場に伝播するメカニズムが変化する可能性がある。すなわち、ギリシャ問題が顕在化して数年の期間を経る間に、ギリシャに限らず多くの債務問題国では、各国の国債市場から海外投資家が徐々に資金を引き揚げたとみられる。その上に、PSI後のギリシャでは公的部門の資金に依存する面が大きくなる。従って、グローバル投資家がギリシャのような債務問題国に直接大きなエクスポージャーを持つことに伴う危機の急速な伝播への懸念は低下することが考えられる。

それでも、残念ながら、危機の伝播自体の可能性がなくなる訳ではなく、PSI後の世界では、むしろ公的部門を介した危機の伝播の可能性が浮上する。つまり、仮にギリシャの金融経済状況が再び相当悪化した場合は、公的部門が支援の主たる役割を果たすことになる。それがEUであれば、結局はEUの加盟国に対する財政負担をもたらすのであって、丁度その際に財政赤字が深刻化している国があれば、このような公的支援を契機に財政危機が深刻化するジレンマに陥るリスクも無視し得ない。

債務削減の「見える化」の持つ意味

今回のPSIが、先に見たようにギリシャの債務負担をフローとストックの双方の面から軽減し得たのであれば、債券交換の規模-対象は、民間投資家が保有するギリシャ国債で、全体で約2060億ユーロとされる-や投資家の参加数などを含めて、様々な点からポジティブに評価することができる。

ただ、数年にわたって議論してきたために感覚が麻痺しているのかもしれないが、ギリシャというユーロ圏の一角を占める先進国が、自国の債務をこのように大胆な手段によって大きく削減した-CACを既発債に対して遡及適用するという大技も動員した-ことの重みは決して小さくないのではないか。すなわち、今後はグローバル投資家も、先進国の国債への投資であっても「tail risk」を一層意識するようになるかもしれない。あるいは、債権者の地位が突然に大きく変化するリスクをより真剣に考慮するかもしれない。さらに、 IMFなどの国際機関によるセーフティーネットも、これまでのように新興国や途上国を念頭に置いていた資金規模の想定を考え直すべきことになる。

その上で、最も大きな影響は、先進国の財政危機に対する処方箋として、大規模な債務削減にも一定のfeasibilityがあることを、金融当局にも市場関係者にも目に見える形で示したことではないだろうか。このような「見える化」は、他の先進国かつ債務問題が深刻化した国に対しても債務削減を安易に主張する流れにつながるリスクがあるように思われる。ギリシャのケースで成功したとしても、成功につながった条件をきちんと分析し、メリットと限界の双方についての理解を関係者が共有することが大切であろう。

12個目の星

ユーロのモニュメントには、通貨単位であるユーロを示す記号(eに縦2本線)の周囲に12個の星が鏤められている。この星の数は、EUの旗(青地に金の星が描かれている)の星の数と同じである。EUのHPによれば、加盟国が増えても-既に、実際の加盟国数は27である-デザインは変えないということである。同様に、ユーロ圏も既に17ヶ国になっているが、モニュメントに輝く星は12個のままである。

ユーロ圏は1999年1月に発足した際には11ヶ国であった。読者の皆様は、その後、2001年1月に最初に加わることを認められた国、つまり12番目の加盟国はギリシャであったことを覚えておられるだろうか。

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