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AIJ事件の教訓は何か

2012年03月09日

運用を委託された年金資金2千億円余りの9割が消失したとされるAIJ投資顧問の事件は、社会に大きな衝撃を与えた。現時点では、不正発覚のきっかけとなった証券取引等監視委員会による検査も終了しておらず、詳細な事実関係は必ずしも明らかでない。しかし、既に、事件を受けた制度改革の検討も始まっていると伝えられるだけに、この事件から学ぶべき教訓は何かという点について一定の整理をしておくことが必要であろう。

まず確認しておかなければならないのは、AIJの行為は、投資運用業者によるリスク管理の不備や不十分な情報開示といったものではなく、極めて詐欺的要素の濃いものだったということである。2002年に年金資産の運用を開始したAIJは、その当初からではないとしても、相当早い時期から運用実績を偽っており、新たに獲得した顧客から受領する資金で解約請求に対応する、いわゆる自転車操業の状態にあったようである。

こうした形での資金集めはポンジー・スキーム(Ponzi scheme)と呼ばれ、残念ながら欧米の金融・資本市場でも古くから見られる古典的な詐欺の手法の一つである。最近では、2008年12月に摘発されたバーナード・メイドフ氏の事件が有名である。証券業界の重鎮として広く知られていたメイドフ氏は、20年以上にもわたって国際的な金融機関や大手機関投資家を含む多数の市場関係者を欺き続け、被害総額は180億ドルにも上った。今回のAIJのケースが刑法の詐欺罪に該当するかどうかは即断できないが、極めて犯罪性の高い行為が行われていたことは間違いない。

AIJの行為が詐欺的なものであったとすれば、この事件は、彼らが行っていたと称するオプションを活用する投資手法や彼らが用いていたケイマン籍の私募投資信託といった道具立てとは本質的には係わりのないものだと言わざるを得ない。ポンジー・スキームが詐欺的な仕組みである以上、表向き何に投資しても根本的な違いはない。

もちろん、パフォーマンスが低迷してきた日本株への投資などではなく、オルタナティブ投資を標榜したことが、AIJの異常な高パフォーマンスに一定の信憑性を与える要因となったことは事実だろう。しかし、今回の事件からオルタナティブ投資や私募投資信託一般に対して不信感を抱くとすれば、それは過剰反応だと言うしかない。

報道によれば、AIJが大手金融機関グループとの係わりを有しない独立系の会社だったことで、独立系の投資運用業者全体に対する否定的な見方も一部に出ているという。これも明らかに全く非合理な過剰反応である。投資運用業は、資産運用の優れたノウハウさえあれば、大きな設備投資を行うことも多数の人員を抱えることもなく開業できる、ある意味では参入障壁の低い金融ビジネスである。独立系投資運用業者は、ヘッジファンドやベンチャーキャピタル・ファンドに代表されるオルタナティブ投資の分野を中心に、資産運用の新たな地平を切り開いてきた。一人の不心得者の存在から、独立系というカテゴリー一般を問題視するのは、余りに短絡的というものだろう。

AIJのような詐欺的行為の再発防止策として最も有効なのは、不正を早期に発見し、行為者を厳罰に処し、民事責任も厳しく追及することで被害者への返還資金を確保することである。日本とは刑事司法制度が大きく異なるので同列には扱えないが、メイドフ氏は、懲役150年の刑が確定し、現在服役中である。

AIJについて、今でこそ「ずっと前からおかしいと思っていた」といった声も聞かれるが、それは大地震の後で、「次はあの辺りで起きると思っていた」と主張する人が大勢現れるのと同じである。冷静に省みれば、AIJが市場関係者の注目を集めるようになったのは2008年11月に発表された一格付機関による運用業者人気ランキングで、大手以外では初めて首位となってからだと言えるだろう。

確かに、証券取引等監視委員会がもう少し早く検査に着手していれば被害の拡大が防げたかも知れないとの指摘には一理あるが、AIJが注目され始めた時期を考えれば、当局の対応は相当迅速かつ的確なものであったと評すべきだろう。メイドフ氏のポンジー・スキームに関する多数の告発情報を半ば無視し、立入検査を行っても不正を発見できなかった米国の証券取引委員会(SEC)に比べても、日本の当局はよくやったと言えるのではないだろうか。

今回の事件を機に、投資運用業者に対する検査・監督の強化や情報開示の充実など一定の制度見直しは検討されるべきだろう。しかし、ここで気をつけなければならないのは、どんなに規制・監督を強めても、本質的に詐欺的な業者を事前に完全に排除することは不可能であり、不用意な規制強化は、むしろ真っ当な業者に余計なコスト負担を強いるだけになりかねないという点である。AIJが既存の制度の何らかの盲点を突いて不正を行ったのかどうかを地道に検証し、真に必要な制度改革についてじっくり検討することが望まれる。

AIJが多額の年金資金の運用を受託できた背景として、総合型年金基金の積立不足という構造的な問題や年金基金の担当者が投資に関する知識を十分に有していないのではないかとか横並び意識が災いしたのではないかといった指摘もなされている。しかし、これらについても、一部の例だけに振り回されることなく、冷静に事実を検証し、仮に制度を見直すとしても、真に実効性のある対応を講じることが求められるだろう。

金融規制の歴史は、世間を騒がせるスキャンダルとその再発防止策の繰り返しだと言っても過言ではない。それだけにAIJのような事件を契機に、制度改革が議論の俎上に載せられることは理解できる。しかし、スキャンダルの真相も明らかでないような段階で拙速に進められる制度改革は、得てして行き過ぎた内容になりがちである。当面は具体的な制度の見直しだけにこだわらず、詳細な事実関係を解明し、今回の事件が既存の制度の何らかの問題点を明らかにしたと言えるのかどうかを冷静に検討することが求められる。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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