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ECBのドラギ総裁による記者会見-PSIの前に

2012年03月09日

はじめに

今回のECB政策理事会は、またもや、PSIに対する民間債権者の参加表明期限が迫るというイベントが同時進行する下での開催となった。もっとも、ドラギ総裁はPSIにコメントを行いうる状況にはなく、しかもECBは、第2回目の3年物LTROを成功裏に完了した後であっただけに、記者会見は緊張感がむしろ少ない印象を受けた。

しかし、こういう時は長い目で見て重要な点を問うのに良いチャンスである。本稿ではそのような観点を意識しながら、いつものように主なポイントを考えることとする。

ポイント1:インフレ見通しの引き上げとその意味合い

今回は、ESCBスタッフによる経済見通しの定例改訂(四半期ごと)の結果が発表されたが、そのうち、2012年の物価上昇率(HICP)見通しが大きく上方修正された点が注目される。前回(昨年12月)には1.5~2.5%とされていたものが、今回は2.1~2.7%とレンジの下限が2%を超える形に修正された。言うまでもないが、ECBは、主たる理由として商品価格が再び上昇していることと、域内諸国で間接税の引き上げが続いていることを挙げている。

「平時」であれば、インフレ見通しの高まりはECBにとって重大事あったはずである。2012年中には、ECBが物価安定の参照値としている「2%以下で2%に近い上昇率」を達成できない状況が続く訳であり、政策理事会が利上げを議論してもおかしくない。

しかし、現在のECBが利上げを考え得る状況にはない。同時に改訂した2012年のGDP成長率の見通しは-0.5~0.3%と、前回(-0.4~1.0%)からレンジの上限が大きく引き下げられ、レンジの中央値でみるとマイナス成長を示唆している。しかも、ECBは、商品価格の上昇や間接税の引き上げが家計や企業の実質購買力を損なうとして、ダウンサイドリスクの主たる要因と位置づけている。この点は、同じ金融危機下でも、デフレスパイラルのリスクに直面した1990年代末から2000年代初頭の日本とは対照的であって興味深い。

もちろん、2012年のインフレ率が今回の見通しのレンジ内に収まるようであれば、ユーロ圏経済がスタグフレーションに陥るといった懸念は過剰かもしれない。ただし、ECBとしては、2回の3年物LTROも含めて巨額の資金を供給していることが、さらにインフレ期待を煽るといった事態は避けたいであろう。4番目に質問したWSJの記者に対して、対GDP比でみたECBの資産規模が米英に比べて大きいという記事はミスリーディングであり、金融政策手段だけを取り出して比較すべき-ドラギ総裁によれば、米英よりECBの比率は小さい-と「指導」したのも、こうした背景によるのかもしれない。

ポイント2:3年物LTROの細部

今回の記者会見でも、ドラギ総裁は、冒頭のCNBC記者に対する回答を含む機会を通じて、2回の3年物LTROの成果を強調した。つまり、冒頭の回答において、銀行の資金繰りを安定化させることで、問題国の国債やカバードボンド、銀行間の資金取引(短期物中心)といった市場のストレスを低下させ、かつ、グローバル投資家のリスク選好を回復させたので、ユーロ圏への資金流入も幾分か復活するとともに、ユーロ相場の安定に繋がったと述べている。

これら周知の点以外にも、ドラギ総裁は興味深い点に言及した。第一に、第10番目のFTの記者への回答で、第2回目の3年物LTROはドイツの金融機関が多数利用したことを述べた。併せて、前回の本稿で推察したように中小銀行の落札が多かった点にも触れており、このため、落札先数の割にはドイツの金融機関の落札シェアは決して高くないとも言っている。ドイツ経済の状況に基づき、ドイツの金融機関は全体的には比較的健全であると考えていいのであれば、落札目的は債務問題国の金融機関とは異なるはずである。ECBが期待するように貸出に活用されれば良いが、前節のような問題もあるだけに、ドイツだけでなく域内諸国のNCBやECBは、2回の3年物LTROによって供給された資金が全体としてどう使われたのかをより詳細に把握すべきかもしれない。

第二に、ドラギ総裁は同じ回答の中で、欧州の大規模な金融機関が、各国子会社を動員して各NCBによるオペに応札したとみられるとも述べている。その理由については、例えば、各国の子会社が各々保有する現地国内の金融資産をNCBに担保として差し入れることで資金を確保したという意味で、単に担保繰りの制約に対応した結果と理解することも可能であろう。一方で、そうした大規模な金融機関の本店所在地のNCBに落札を集中させると、その事実が目立ちやすくなる結果としてのstigmaを回避しようとしたと考えることもできる。この点も、ECBとしては、今後のオペ運営を有効にする上でも、きちんと把握しておくべきであろう。

ポイント3:ブンデスバンクの孤立

今回の記者会見で意外に多くの質問があった(19問中4問)点は、ブンデスバンクが政策理事会の議論で孤立しているのではないかという点である。

ドイツの経済パフォーマンスが突出し、債務問題国はドイツのように努力せよと求められる中で、むしろ域内諸国の間でドイツに対する心理的な反感が高まっているという指摘は以前から多かったことを考えれば、ブンデスバンクの孤立という推測も自然に見える点がある。また、ECBに視野を限っても、国債買入れ(SMP)を開始して以降、ブンデスバンクの高官がECBの政策を公然と批判する機会が散見されてきたことも考えれば、仮に孤立していたとしても、今に始まった訳ではないとも言える。

もっとも、ドイツの立場からみれば、そもそもECBにブンデスバンクのethosを引き継ぐことが想定されていたはずであり、こうした理解に照らせば、上記のSMPを含めて現在のECBは中央銀行の則を超えていると見えるのであろう。しかも、こうした対立が、ドラギ総裁の就任後に高まったというのであれば、やや厄介な問題になってくる。なぜなら、市場がドラギ総裁を最も評価するポイントである危機対策の柔軟な運営が、理事会内の対立の先鋭化によって減殺される可能性が出てくるからである。

4番目に質問したWSJの記者は、この問題に関する対応も含めて、ECBも議事要旨や政策に関する採決結果を公表してはどうかという興味深い質問を行った。ドラギ総裁の回答は、記者会見も含めて政策運営の透明性向上には既に努力しているとしつつも、継続的な努力が必要であるというものであった。同時に、理事会メンバーは、ユーロ圏全体の金融経済の安定に貢献するミッションと、NCB幹部としての自国の金融経済(に対する責任とのバランスに苦労しがちであるだけに、単純に他の主要国中銀のケースを取り込めばよい訳でもない点を説明した。

今や、主要国の中央銀行の共通課題となった「コミュニケーション」戦略ではあるが、ECBは他国にない難しさを抱えている点が改めて浮き彫りとなった訳である。

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