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FRBのバーナンキ議長による記者会見-米国版「物価安定の理解」

2012年01月26日

はじめに

今回のFOMCのヘッドラインは、足許の景気指標が堅調であったのに2012年の成長率見通しを若干下方修正した点や、初めて公表した政策金利の予想パスで2014年までの「ゼロ金利」政策の維持を示唆した点であろう。しかし、本稿では、いつものように、より長い目で見て重要と思われる点に焦点を当てて検討する。

ポイント1:米国版「物価安定の理解」

今回のFOMCは、金融政策の声明文とFOMCメンバーによる見通し(経済情勢に関する見通しに、今回からは政策金利の予想パスが含まれる)に加え、"Longer-run goals and policy strategy"と称する短い文書も公表した。これは、FRBの政策目的("Dual mandate")についてのFOMCの考え方を示すもので、毎年1月に内容を見直すとしている。つまり、日本の関係者にとっては、日銀による「物価安定の理解」を彷彿させるものである。

すなわち、物価安定については、長期的な物価が主として金融政策によって決まるとした上で、PCEデフレーターで年率2%の上昇が目標という FOMCの判断を示している。これに対し、最大雇用については、労働市場の構造を左右する非金融的要因に左右される面が強いとした上で、FOMCは長期的に正常な失業率を評価することが適切との判断を示している。具体的には、現時点では5.2~6.0%の範囲というのがFOMCの評価である。

これらのうち物価安定に関しては、FRBの"comfort zone"と呼ばれてきた内容がピンポイントになったという点や、(記者会見で最後から2番目に指摘があったように)PCEデフレーターはCPIに比べて馴染みが薄いといった比較的細かな論点を除けば、従来の延長線上にあり、市場もスムーズに受け止めることとなろう。

しかし、最大雇用に関する内容の理解は難しい。つまり、失業率はFRBにコントロールできない要因に左右されると指摘しつつ、FOMCとして 5.2~6.0%を目標とすると言っているように見えるからである。FRBの意図を斟酌しながら解釈し直すと、この失業率の水準は、好条件が揃った下で長期的に維持可能とFOMCが考える最小の失業率であろう。この好条件には適切な金融政策も含まれるが、労働市場の構造要因に対してマイナーということである。

現時点でFRBがこの文書を公表したことには、その冒頭に指摘されているように、政策効果を高めるとともに説明責任を果たすという根本的な背景があろう。ただ、今後の金融政策の「正常化」に向けた布石という面も無視できない。つまり、雇用の改善に長期を要することを踏まえると、利上げの開始にとって、最大雇用の達成が障害となりうる。この点は、記者会見で2番目の質問が指摘したように、2014年には失業率が7%台前半までしか改善しないと予想しているのに、利上げを見込むのは適切か?という批判に集約される。FRBとしては、最大雇用の達成に向けて自分自身も努力するが、労働市場の構造要因による失業率の高止まりには、別途の対応が必要という理解を定着させることには意味がある。

それでも、FRBの目論見は簡単に成就する訳でもない。第一に、記者会見でも多く言及されたように、FRBのこうした戦略は、インフレーション・ターゲットへの前進と受け止められやすい。そもそも、バーナンキ議長がかつてインフレーション・ターゲットに前向きであっただけでなく、"Dual mandate"の2本柱の扱いに明確な格差を付けようとしているからである。しかし、FRBにとっては、これは必ずしも望ましい事態ではない。連邦準備法に"Dual mandate"が規定されているだけでなく、雇用回復の遅延が政治的にも重要な課題となっている中で、物価安定だけを偏重するという印象を与えることは明らかに得策ではない。だからこそ、記者会見の5番目の質問に対し、雇用回復が大きく遅延した場合は物価目標の未達成を必要に応じて一時的には甘受する(tolerate)とまでコメントしたほか、多くの質問に対して、物価安定と最大雇用を平等に(symmetry)扱うことを強調したのであろう。

第二に、記者会見で3番目の質問が示唆したように、失業率が高止まりしている場合に、そのうちのどこまでが労働市場の構造要因によるもので、どこまでが金融政策の効果を含む循環的要因によるものかを説得力ある形で具体的に示すことが難しいからである。この点も、イエレン副議長を含めて、FOMCメンバー自身が講演等で認めてきた点である。

米国版の「物価安定の理解」には、FRBが金融政策の柔軟性を確保するための知恵が確かに込められてはいるが、現実の効果には自ずから限界があるようだ。

ポイント2:政策金利の予想パスと時間軸政策

この「コラム」を従来からお読みいただいている読者の方々は、筆者が政策金利の予想パスの公表に否定的な考えを持っていることを既にご存知であろう。従って、今回はこうした議論は繰り返さないが、この「予想」が誤解されるリスクに触れておきたい。

バーナンキ議長は、今回の記者会見で9番目の質問等に対し、新たに公表を開始した政策金利の予想パスがあくまで「予想」に過ぎず、コミットメントでない点を再三強調した。しかし、冒頭に述べたように、既に多くのメディアが、予想パスの公表内容を参照しながら、FRBは2014年まで利上げ時期を後ずれさせるという報道を行っている。もっとも、この点ではバーナンキ議長も、15番目の質問に対する回答として、ゼロ金利下で有効な政策手段は資産買入れかコミュニケーションの強化かのいずれかと指摘しており、市場やメディアが「誤解」するのも仕方ない面もあった。

バーナンキ議長が予想とコミットメントとの違いに関して焦点を当てたのは、FOMCメンバーは「予想」の分布に関する資料を事前に配布され、これを参照しながら集団的な意思決定として政策判断を行うという点である。集団的な意思決定の重要さを強調している点は、それ自体、バーナンキ議長の議事運営との関係でも興味深い点ではある。ただ、政策担当者の「予想」は、客観的な確率に基づくと理解するよりは、やはり、政策金利の望ましさに関する主観的な判断に基づく面が強いと推測するのが自然であるように思える。その意味でも、予想パスが示唆した2014年の利上げ開始を時間軸政策と受け止めることを批判できない面がある。

その上で、我々が知りたい点は、ゼロ金利下のもう一つの政策手段である資産買入れの考え方はどうなってしまったのかという点であろう。記者会見では 8番目の質問がこの点に言及したが、バーナンキ議長は今回のFOMCでも議論があったもののqualitativeな議論が多かったため、詳細は議事概要の公表を待って欲しいという旨を回答した。こうした量的な手段はデフレのリスクが高まった際には有効という点にはある種のコンセンサスがうかがわれるが、政策金利に比べて政策効果を定量化することは難しく、従って、政策金利の推移とパラレルに資産買入れの推移を「予想」することは望みにくい。しかし、前節のように金融政策の「正常化」を視野に入れていくのであれば、資産圧縮の適切なペースを考えることも重要な課題となってくるはずである。

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