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ECBのドラギ総裁による記者会見-「思いの丈」は伝わったか

2012年01月13日

はじめに

結局は、市場の大勢が予想していた通りに金融政策の現状維持を決めたことで、今回のECBの政策理事会は市場を動かす「材料」にはなり難いと言える。ただ、このような時の方が、記者会見でドラギ総裁の心の中のものを引き出すチャンスとも言える。こうした視点から、記者会見のポイントをいくつか取り上げてみたい。

ポイント1:LTROの効果

昨年12月の政策理事会での決定事項の中で、最も重要であったのは3年という超長期のLTROの実施であった。広く報道されているように、初回(12/22日)のオペは4892億ユーロもの応札(=落札)を集めたことで成功を収めたと評価されている。

今回の記者会見では2番目の質問者がLTROのこうした強化がもたらした効果について質問したのに対し、ドラギ総裁は、「前回の政策理事会以降に起きた良い展開」という間接的な言葉を使いながらも、ECBとして理解している政策効果をかなり丁寧に解説した。

つまり、ドラギ総裁は、(1)銀行に流動性の「保険」を与えた、(2)(前回の記者会見で指摘したように)ユーロ圏の銀行は本年第1四半期に 2000億ユーロ以上の債券償還を控えるだけに、資金借り換えの圧力を緩和した、(3)銀行が長い視点からALMを再構築することを可能とした、(4) イールドカーブの長めの部分に低下圧力をかけた、といった点を指摘した。加えて、「ECBが巨額の資金供給を行っても、結局はECBによる預金ファシリティーに滞留するだけ」という批判は必ずしもあたらないとし、その理由として、1)LTROで資金を調達した銀行と預金ファシリティーを利用する銀行は必ずしも同じではない、2)(上記の(2)のように)債券の償還負担の大きな銀行ほどLTROを多く利用している、といった分析結果を説明した。

ドラギ総裁が挙げた効果のほとんどは、金融危機に直面した中央銀行が実施したターム物資金供給の効果として確認済と言える。ただ、(3)は目新しい面もある。ドラギ総裁は明確に述べた訳ではないが、もしも、金融機関による「不良資産」の秩序立った売却のための時間を与えるのであれば、そして、ECB がそれを意図して行ったのであれば興味深い。もっとも、銀行は資金繰りさえ回れば「不良資産」を抱えられる訳ではなく、適切な自己資本を維持しうるかという問題にも同時に直面することは言うまでもない。

一方で、資金滞留という批判への反論として挙げた点は、必ずしも説得的ではない。つまり、ドラギ総裁が指摘した1)と2)は、ともに資金調達の必要のあった銀行がLTROを使ったという事実を指摘しているに過ぎない。例えば、そうした銀行が他の銀行に債券償還の代り金として資金を引き渡したとしても、資金を受け取った銀行が市場で放出せず、ECBの預金ファシリティーに預入れれば、全体としては資金滞留が生じたことになる。実際、年末時点の預金ファシリティー残高は約4100億ユーロにも達していたのである。

ポイント2:ストレステスト再論

本シリーズの読者はご記憶と思うが、前回の記者会見の当日に結果が公表されたEBAによるストレステストについて、ドラギ総裁は、相当に明確な形で不快感を示した経緯がある。今回の記者会見では、12番目に質問に立ったイタリア人(?)記者が、ECBが巨額の資金供給を行っても、銀行が資本不足の状況にあれば貸出の維持に繋がらないのではないか、と質したことに対して、ドラギ総裁がこの問題を蒸し返したことが注目された。

すなわち、ドラギ総裁は、政策を行う場合は順序付け(sequencing)が重要であることを指摘した上で、前回のEBAによるストレステストの実施にはこれが欠けていたことをかなり明確に述べた。そして、それを敷衍して、銀行にストレステストを実施する場合には、a)(米国でのTARPのように)各国政府が資本注入の枠組みを準備しておくこと、b)EFSFが国債買入れを実施することで、国債市場の機能回復を図っておくこと、の2点が事前に整えられているべきであったのに、実際にはそうはならなかったことを強調した。その上で、結果としては、前回のストレステストが市場の状況をむしろ悪化させたと指摘した。

ドラギ総裁が、ここまで明確な批判を展開したことには、ECBとして、金融システム安定に孤軍奮闘していることへの自負と不満とが推察される。また、ストレステストがむしろ事態を悪化させた点を、"pro-cyclical"という金融監督のjargonを用いて表現した点はドラギ総裁の前職との関係で興味深かった。一方で、前回の記者会見に関する「ノート」にも記したように、このような問題を公の場に持ち出すことは、市場関係者のような第三者にとって、ECBと他の政府部門との連携や調整が一般に不十分なのではないかという懸念を抱かせるという副作用も無視できない。少なくとも筆者は、このような議論は政府内で行う性質のものであるように思える。

ポイント3:PSIの評価

実は、今回の記者会見で質問が集中した点の一つが、ギリシャに対するPSIの評価(ECBの関与を含む)であった。交渉が山場を迎えていることもあって、全19問のうち5問が言及した。

予想される回答は、「PSIは民間銀行とギリシャの間の問題であり、当事者でないECBはコメントできない」というものである。実際、最初はドラギ総裁もこの線を維持していたし、陪席するコンスタンシオ副総裁に回答を振った(第11番目のFT紙記者への回答の)際も同趣旨の発言であった。ところがドラギ総裁は、17番目の質問者がPSIの評価を求めたことには、ギリシャに対するPSIの実施は政治判断によるものであって、理解しうる状況ではあったが、結果として予期せざる効果をもたらしたとコメントした。その上で、誰もこうした形でのPSIの再現は望んでいないとして、PSIはギリシャに例外的に適用されるというEUの方針を確認した。

「予期せざる効果」とは、ギリシャ国債を多く保有するとされた銀行への疑心暗鬼や結果としての資金調達面でのストレスの上昇、同様なスキームが他の債務問題国にも適用される懸念やその結果としての問題国国債の利回り上昇など広範に亘った。それだけに、ドラギ総裁のコメントももっともである。

ただ、今年の夏に前倒し導入されるESMの中では、民間債権者のヘアカットの可能性が明示的に導入されるだけに、単純に反対ということで良いのかという点も残る。どのような条件が事前に整えば、あるいはどのような内容であれば、政府債務のリストラに民間が協力すべきなのか、という点について、徐々に考え方を示していくことが望まれる。

おわりに

金融政策が現状維持となっただけに、今回の記者会見では金融システムに関する質問が一層多かった印象があるし、それらへの回答にはFSB議長であったドラギ氏のテイストも感じられた。果たして、自らの思いの丈を良く伝えることができただろうか。

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