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ECBのドラギ総裁による記者会見-繰り返し訪れる「正念場」

2011年12月09日

はじめに

2011年だけでも、ECBの政策理事会は「設立以来の重大局面」に幾度も立ち会ってきた。それでも、欧州金融市場を巡るストレスが高まる中で開催された今回の会合は、EUサミットと同日という時期も含めて、最も重要かつ注目度の高いものであった。利下げや資金供給措置の内容はメディアの報道を参照していただくとして、本稿では、いつものようにその意味合いを検討したい。

ポイント1:欧州銀行の資産圧縮

ECBは、政策判断の前提として、2012年のGDP成長率に小幅マイナスの可能性を認めるなど、景気見通しを大きく下方修正した。理由として、今回の声明文では、世界経済の減速等に加えて、欧州内でのバランスシート調整を挙げている。なかでも、欧州銀行の資産圧縮については、ドラギ総裁による会見でも、 7番目のCNBCの記者への回答を含めて幾度も強調されていた。

これはECBが直面する課題の中でも特に厄介である。欧州主要国の銀行システムは、国によって差異はあるが、金融危機前に大きく資産を肥大化させた結果、現在もGDPの4~5倍といった規模の資産を抱えているだけに、マクロ的にバランスシート調整は避けられない。しかし、これが同時に非金融部門に対する与信収縮を招くことも避けられない。特に、13番目のHT紙の記者にドラギ総裁が回答したように、ユーロ圏の雇用の6割を創出する中小企業向けの銀行貸出が劇的に削減されるとすれば、金融危機と実体経済との負のスパイラルを一気に深刻化することが懸念される。

ドラギ総裁が率直にコメントしたように、両者のバランスを取ることは容易ではないが、少なくともECBとしては、欧州銀行の資産圧縮が急速に進む事態だけは避けたいと考えているのであろう。今回導入された政策対応の中に、中小企業向け債権や住宅貸付債権を裏付けとするABSの担保適格要件の緩和が含まれたのも、こうした意向を反映したものと理解できる。

こうした中で、EBAによる「ストレステスト」の正式結果が本日公表され、主要銀行がCore Tier1で9%をクリアーするための自己資本の要調達額が明らかになることに対しては、ECBの不満も感じられた。声明文の中で、ECBは、各国監督当局は各銀行の自己資本増強が実体経済への資金供給に支障をきたさないよう努めるべきと明言したほか、ドラギ総裁も会見の中で「銀行は適切な貸出を継続すべき」とコメントしている。

ECBのスタンスは支持されるであろうが、市場や銀行の関係者からみると、ECBと監督当局との意思疎通に不安が残ったことも事実である。ESRB の議長として金融安定に責務を有するECBとしては、本日決定した政策対応の効果を損なわないためにも、自己資本の要調達額の公表時期や公的な資本増強策の整備等について、EBAを含む監督当局とより密接な調整を行うべきではなかったか。

ポイント2:「量的緩和」と債務問題国へのLLR

予想されたことではあるが、今回の記者会見では、ECBが大規模な「量的緩和」に踏み切るべきという指摘が多く聞かれた(22問中7問が言及)。なかでも、第8番目の記者が批判したように、FRBやBOEが実施しているのに(因みに、日銀への言及はなかった)、ECBが踏み切らないのはなぜかという視点が目立った。

実際には、今回決定された36ヶ月物のLTROの実施を待つまでもなく、ECBは極めて潤沢な資金を資金供給オペを通じて市場に供給しており、それは記録的な残高に達したECBによる預金ファシリティーの状況からも明らかである。この点では、ECBによる資金供給は、むしろ、日本のオリジナルな「量的緩和」に近いとも言える。

それにも拘わらず、記者や市場関係者の多くが求めている「量的緩和」の本質が、国債の大規模な買い入れにあることは明らかであろう。しかも、その「量的緩和」とは、債務問題国の国債のソブリンリスクを抑制することを目指す危機対策であって、金融政策として長期金利の抑制を目指したFRBの「量的緩和」とは目的の面でも大きく異なるものである。

これらの点に関する理解がどの程度共有されているのか必ずしもはっきりしないが、いずれにせよ、ドラギ総裁が各国の中央銀行は各々異なる枠組みの下にあり、特にECBは条約自体が財政ファイナンスを禁じていることを強調した上で、単純に追随はできないと指摘したのも、ECBの立場からは当然のことであろう。また、ドラギ総裁が7番目の質問に回答したように、ECBとして懸念を持っている欧州銀行の資金調達については、来年前半の銀行債の借換え負担を含めても、リスクが顕在化すれば資金供給オペによる大規模な資金供給で対処しうるということであろう。

ただ、その上で、記者や市場関係者がドラギ総裁の回答に落胆したとすれば、それは、2007年以降の金融危機の中で、ECBに限らず先進諸国の中央銀行が機動的に危機対策を実施してきたことが、期待値のハードルを高めたことの裏返しとも言える。

この点がより鮮明に窺われたのは、ECBがIMFに資金を融資し、IMFに債務問題国の財政支援ないし国債買入れを行ってもらうというスキームを巡る質疑であった。かねてから報道されてきたこの案について、今回の記者会見でもFT紙やWSJ紙などの記者が可能性を質したが、これらが示唆するように、法的に可能な限り中央銀行は機動的に危機対策を講じるべきという考え方が強まっていることは否定できない。少なくともこれまでは、財政健全化という本質的な部分で目立った前進がみられなかったことも、こうした考え方を後押ししているのであろう。

これに対するドラギ総裁の回答は、厳密な法律論はともかく、ECBの目的を定めた条約の「精神(spirit)」に反するとして、強く否定的な考え方を示すものであった。これもまた、ECBの立場からは当然の回答ではある。しかし、欧州危機の下で上記のような考え方が強まっている中では説得力を欠く面があるように感じられる。ECBは、機動的な危機対策を行う主体としての顔を維持しつつも、ユーロに対する信認の最後の番人としての顔をどこまで厳格に貫くべきか、本当の「正念場」に来たように思える。

おわりに

このシリーズを読み続けていただいた方はおわかりように、ECB総裁による記者会見で提示された質問も、夏頃まではギリシャやアイルランド、その後はイタリアやスペインといった個別国の状況や政策対応を問う内容が多かった。しかし、今回は、こうした内容はすっかり少数派となり、上記のように、殆どの質問が EMU全体に関わるものに変わったことが筆者には印象的である。もちろん、それがこの記者会見の本来の姿であるとは思うが、同時に、欧州危機がEMUの存続自体を巡る段階に達しているという厳しい現実を象徴している。

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