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ECBのドラギ総裁による初の政策理事会後会見

2011年11月04日

はじめに

ドラギ総裁による初の政策理事会は、G20サミットと同日というだけでなく、ギリシャによる国民投票の実施発表という、EMUに対する本格的な脅威をもたらす重圧の中で開催された。早くも決定された利下げ(25bp)の背景を含め、記者会見も興味深いものであったので、中長期の視点からポイントを検討しておきたい。

ポイント1:ECBの目的と政策判断

ECBは今回の利下げについて、過去の商品価格上昇の効果が薄れるのに加え、景気減速によるインフレ抑制の見通しによると説明している。ドラギ総裁の記者会見でも、4番目や10番目の質問に答える形で、(1)個人消費や輸出などに減速感がみられる、(2)家計と企業のセンチメントが悪化している、(3)景気減速懸念が広がった、といった点を指摘し、マクロ的な需給緩和によるインフレ圧力の低下を政策変更の背景として示した。

景気減速という見通し自体は広く支持されるであろうが、同時に、記者会見の参加者だけでなく市場関係者を含めて、今回の利下げが金融システム安定を含むより広い視点からなされたという理解の方が一般的であろう。ECBとしては、オペを通じた債務問題国の金融機関に対する巨額の資金供給やSMPによる国債買入れなど、金融システム安定のために最大限努力しているが、現在の局面では、利下げによる市場心理の下支え効果は決して小さくない。

ECBの利下げが金融システム安定への寄与を念頭に置いていたにも拘わらず、インフレとの関係で理由付けしたとしても、それを問題視することは ECBにとってフェアではない。なぜなら、ECBには物価安定だけが目的として付与されているからである。また、FRBや日銀等がより広い目的を付与されていることもあり、この点がECBによる政策判断を分かり難くしていることは否めないが、だからといって、ECBにもより多くの政策目的を付与すべきという単純な議論ではない面がある。ECBはユーロ圏各国の国益と対立する可能性がある(実際、少なからぬ実例を思い起こすことができる)だけに、様々に解釈の余地が生ずる複数の目的を付与するより、中央銀行の本分である物価安定(しかも「3億3千万人のための」物価安定)に専念させるべきという考えには説得力がある。

しかし、実態は既にさらに進んでしまった。つまり、ECBは今やESRBの議長と事務局として、従来から金融システム安定の目的を付与されている多くのNCBとともに、欧州の金融システム安定に大きな役割を果たすことが求められている。こうした新たな環境の下で、例えば、マクロ・プルーデンスの観点から政策金利の変更が望ましい場合、これまでのようにECBの政策理事会が議論して判断すべきことか、ESRBが議論してECBに実施を要請すべきなのか、両者が違う見解に立った場合はどのように調整するかといった点は必ずしも整理されていないし、欧州危機の現状をみると、こうした事態に備えておくことも必要になってきたと思う。

ポイント2:債務問題国の現状と構造改革

今回の記者会見では、イタリア国債の市場動向への注目が高まっていることに加えて、ドラギ総裁の母国という事情もあって、イタリアの記者によるものも含めて、イタリアの危機にどう対応すべきかを問う質問があった(19問中4問が言及)。

これらに対するドラギ総裁の回答は-イタリアに特定することなく、債務問題国全般を念頭におきながら-構造改革の重要性を強調する面が目立った。つまり、Introductory Statementにも明記されているように、労働市場の柔軟性向上に焦点を当て、この点を通じた対外競争力の向上こそが、経済成長の加速を通じて、財政や経常収支の健全化に繋がるとの主張である。

こうした議論自体に異論を持つ向きはないであろうし、ECBにとっては様々な意味で望ましい議論である。つまり、こうした議論のインプリケーションとして、ドラギ総裁が第6番目や第12番目の回答で強調したように、債務問題国の国債利回りも最終的には各国の経済政策如何で決まる面が大きく、SMPのような介入の効果には限界があるという結論を導くことができる。また、イタリア財務省にも勤務した経験を持つドラギ総裁にとっては、様々な過去の思いが巡る論点であるのかもしれない。

しかし、記者会見での質問者だけでなく、市場関係者も含めて聞きたかった点は、既に債務問題国が少なくとも財政資金の調達面で厳しい状況に陥ったことを前提に、どのような危機対策が考えられるか、ECBはその中で何を担うかという点であったことも明らかであろう。

ECBに残された政策ツールは多くないし、第10番目や第12番目の質問が取り上げたように7月のEU サミットで合意されたEFSFの機能拡充後も、機動性等の面で優位性を持つSMPも活用し続けるべきとの意見があるなど、何かを言うには厳しい状況にある。それでも、危機が実際に展開する中で、ECBが債務国の構造問題だけに焦点を当てすぎることも、状況認識の的確さを示す上でも、先に見たECBの金融システム安定の役割の上でも、あまり得策でないように思える。中央銀行にとって、短期的な政策課題よりも中長期の構造問題に焦点を当てることは伝統的な知恵ではあるが、もはや、こうした良き伝統を守るだけで良いという考えを支持することは難しくなっている。

ただ、誤解のないように付け加えたいが、記者会見で第9番目の質問者が質したように、ギリシャが本当にEMUを離脱する事態になった場合に、ECB はどう対応するかという点にこの時点で言及することは当然に避けるべきである。また、第11番目の質問者のような批判を受けたとしても、ギリシャの離脱について、条約上は規定がないという法律論に徹したドラギ総裁の対応は適切なものであったと思う。

おわりに

筆者と同じように記者会見のライブをご覧になった方はおわかりのように、ドラギ総裁も、冒頭の挨拶の際には柔らかな表情を見せていた。現時点ではFSBの議長でもあり、これからG20サミットに「宿題」を報告するという最後の職務も残る中で、リラックスした表情が窺われたことは印象的であった。ただ、既にみたように、インフレ見通しと利下げの関係、SMPの今後の運用やギリシャ離脱の場合の対応などを繰り返し質問されるうちに表情が徐々に険しくなっていく様子も窺われた。

実は、記者会見の中でも、第13番目のようにECBの自己資本の水準をどう考えるかとか、第18番目のようにブンデスバンクの伝統をどう継承するか、といった大変興味深い質問もあった。時間的な制約もあってドラギ総裁の回答は限られたものであったが、危機対策のあり方にも直接に関係する論点でもあるだけに、次回以降の会見や講演などで是非とも考え方を示してほしいように思うのは筆者だけではないであろう。

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