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空売り規制の強化とその問題点

2011年08月17日

世界的に株安傾向が拡がる中で、各国の当局が株式市場における空売り規制を強化する動きをみせている。8月11日には、フランスの金融市場庁(AMF)が金融株の空売りを15日間禁止することを明らかにしたほか、イタリア、スペイン、ベルギーも規制強化を打ち出した。既にギリシャ、韓国、トルコでも空売り規制強化が実施されている。

空売りとは、投資家が手元に保有していない株式を借り入れて市場で売却する行為である。空売りを行う投資家は、株価が今後下落するとの見通しを抱いており、予想通りに株価が下がった時点で売った株式を買い戻して利益を獲得することを狙っている(見通しが外れて株価が上昇すれば損失を被る)。空売りが行われることで、株式を既に保有している投資家以外の者の投資判断が市場に反映されるとともに、売買量が増えて市場の流動性が向上する。空売りは、正当な経済行為である。

他方、空売りは、貸し手に支払う品借り料という比較的小さなコストだけで弱気の投資判断を市場に反映させることができるので、株価の下落を加速しやすいとの指摘もある。また、大量の空売りを集中的に行えば、株価の急落を招く「売り崩し」も可能だとされる。このため、平時においても、空売りに対しては様々な規制を課している国や地域は少なくない。

今回の各国による空売り規制強化は、欧州のソブリン債務危機の長期化や米国債の格下げを受けて市場が不安定化している中で、とりわけ各国の国債を大量に保有する金融機関の株価が急落すれば、2007年から08年にかけての世界的な金融危機のような事態が再発しかねないという当局の懸念を反映したものである。金融危機時においても、2008年9月のリーマン・ショック前後に、米国や英国を含む多数の国の当局が、緊急の空売り規制を実施した。

一口に空売り規制と言っても、その内容と効果・影響は様々である。例えば、金融危機時に米国が導入した規制は、予め株式を借り入れることなく行われる「ネイキッド・ショートセル」(裸の空売り)を禁じるものであった。株式売買の決済は、通常、約定から3日後(T+3)に行われるので、買い手に受け渡す株式を手当てせずに空売りを行うことも可能である。しかし、市場が不安定化している時期にそうした安易な空売りが大量に行われれば、決済日に株式を確保できず、売り手が債務不履行に陥って市場を混乱させるといった事態も予想されるので、こうした規制が導入されたのである。

これに対して、一部の銘柄についての空売りを全面的に禁じる今回のような規制は、もっぱら対象となる銘柄の株価下落を阻止しようとする意図によるものと言える。もっとも、空売りの禁止が当局の意図通り株価の維持につながるとは限らない。既に対象銘柄を保有している投資家による現物売りは可能であり、投資家の投資判断が悲観的になれば、当然、株価は下落する。むしろ、空売りの禁止は流動性の低下につながるので、いずれ売却しようと考えていた現物保有者による「売り急ぎ」を招く恐れすらあるだろう。

そもそも、株価の下落防止を空売り規制という手段によって達成しようとする考え方自体に大きな疑問がある。各国当局は、金融機関の株価下落を「根拠のない噂」によるものだなどと主張するが、少なからぬ市場参加者は、金融危機への対応やその後の経済対策で膨れ上がった各国の財政状態を不安視し、金融機関の経営にも深刻な影響を及ぼしかねないと判断しているのである。その判断が間違っていると言うのであれば、株式取引を規制するよりも、財政の先行きに対する市場の信認を高めることが先決だろう。

今のところ日本の当局は、今回の各国の動きを受けて空売り規制を見直すといった動きはみせていない。しかし、実は、日本では、直近の株価よりも高い価格での空売り以外を禁じる価格規制(「アップティック・ルール」と呼ばれる)が恒常的に適用されるなど、世界的な金融危機以前から国際的にみても厳しい空売り規制が行われてきた。しかも、金融危機時の2008年10月以降、「緊急市場対策」として導入された「ネイキッド・ショートセル」の禁止や一定規模以上の空売りに関する情報開示義務といった加重的な規制の適用期限が再三にわたって延長され、いまだに撤廃されていないという状況にある(2011年4月に延長され、現在の期限は10月末)。こうした事実を踏まえるならば、空売りに対する更なる規制強化は、少なくとも現時点では、日本市場では不要だろう。

本来、株価は経済のバロメーターであり、株価の下落は、経済の先行きに対する悲観的な見方が強まっていることを示すものに過ぎない。しかし、株価の下落が諸方面にもたらす影響が大きいだけに、当局者がそれを直接的に阻止したいという誘惑に駆られることは少なくない。日本でも、1990年代以降、株価が低迷するたびに「株価対策」の必要が叫ばれ、時には公的な株式買い支え機関の導入すら検討されてきた。

もちろん、株価の下落は決して歓迎されるべきことではない。しかし、中長期的な株価の安定・上昇は、投資家が、経済の安定的な成長とそれに伴う企業収益の向上が実現するという期待を抱かない限り望めない。インサイダー取引や相場操縦といった不公正な取引は厳禁されなければならないが、不公正とは言えない空売りは、投資手法の一つに過ぎず、それを規制しても株式市場の機能向上にはつながらない。現下の危機における政府の役割は、株式市場の機能を更に低下させるような無用の規制を課すことではなく、経済成長への期待を高めるような有効な政策措置を打ち出すことである。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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