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二つの壁に阻まれる取引所再編

2011年07月20日

2011年7月15日、フランクフルト証券取引所や世界最大級の先物取引所ユーレックスなどを運営するドイツ取引所は、同社株主の82.4%がニューヨーク証券取引所やパリなどに市場を有するユーロネクストの持株会社であるNYSEユーロネクストとの経営統合提案を承認したことを明らかにした。 7月7日に開かれたNYSEユーロネクストの臨時株主総会でも経営統合が承認されており、今後、行政当局による認可等の手続きが求められるものの、大西洋をまたぐ世界最大の取引所運営会社の誕生が現実味を増してきた。

NYSEユーロネクストとドイツ取引所が経営統合計画を発表したのは、2011年2月のことである。同じ月にはロンドン証券取引所グループ(LSE)とカナダのトロント証券取引所等を運営するTMXグループが経営統合で合意する一方、米国の新興電子取引所であるBATSが、欧州最大の私設電子取引システム(PTS)であるチャイエックス・ヨーロッパを買収することが明らかになった。また、2010年10月には、シンガポール取引所(SGX)とオーストラリア取引所(ASX)が経営統合で合意していた。2000年代前半の第一幕に続き、世界の有力取引所、PTSによる再編劇の第二幕が開いたのである。

しかし、その後の展開からは、取引所の大胆な再編を妨げる二つの大きな障壁の存在が明らかになった。

第一は、「国益」の壁である。2011年4月、オーストラリア政府は、事実上SGXによるASXの吸収合併となる両取引所の経営統合は同国の国益に反するとして、統合計画を認可しない意向を明らかにした。これを受けて、両取引所は統合計画を白紙に戻すこととなった。LSEとTMXグループの経営統合についても、6月末になって、TMX側の株主による承認を得られそうにないとして計画が撤回されることになった。この背景には、カナダの主要な機関投資家や金融機関が急遽立ち上げたメープル・グループによる対抗提案の動きがあった。カナダの象徴であるメープルの木を冠した名称からも明らかなように、対抗提案の狙いは、カナダの取引所が英国資本によって買収されることを阻止しようというものである。「統合計画はカナダの国益を損なう」というメープルの呼びかけが、TMXグループの株主の判断に影響を及ぼしたことは間違いない。

第二は、独占禁止法の壁である。どんな産業分野でも大手企業同士の合併や買収が独占禁止法による規制との兼ね合いで問題視されことは不可避とも言えるが、とりわけ取引所の場合、もともとプレーヤーの数が少ない上、システム投資が重要な役割を担う装置産業であることや「流動性が流動性を呼ぶ」とも言われるように、いったん有力市場としての地位を確立すると競争の脅威にさらされにくいという事情もあり、独占的地位が問題にされやすいという面がある。

今回の一連の再編計画では、2011年6月、英国の独占禁止行政当局である公正取引庁(OFT)が、中立的な立場から意見を述べる競争委員会(CC)に対して、BATSによるチャイエックス・ヨーロッパ買収が市場の競争環境に及ぼす影響を調査するよう正式な付託に踏み切った。もちろん、これが直ちに買収計画が違法とされたことを意味するわけではないが、CCによる調査報告が出されるのは12月の見通しであり、統合を急ぐ両社にとっての影響は小さくない。また、NYSEユーロネクストとドイツ取引所の統合計画をめぐっては、4月にナスダックOMXが対抗提案を行ったが、その後5月になって米国司法省が、対抗提案に含まれたNYSEとナスダックの現物株式市場部門の統合は独占禁止法に違反するとの見解を示し、提案を断念させるという事態が生じた。

興味深いのは、第一の「国益」の壁が、国境を越えた取引所再編を妨げる要因となるのに対し、第二の独占禁止法の壁は、基本的には国内(あるいは欧州のように規制が統一されている場合には地域内)の再編を妨げるという点である。取引所の経営者からすれば、国内でのシェア拡大を図れば独占禁止法の壁に阻まれ、そうかと言って海外展開を図れば、進出先の「国益」の壁に阻まれるというのが実感だろう。

そもそも取引所再編の動きに対しては、投資家や上場企業といった市場の利用者にどのようなメリットがあるのか分かりにくいといった指摘もある。公的な色彩の強い取引所が、一般企業と同じようにM&A戦略を追求することに違和感を抱く向きも多い。二つの壁に阻まれたとはいえ、業界内の有力プレーヤー同士の再編計画が、短期間で次々に失敗するというのも、あまり他の産業分野にはみられず、取引所が経営組織として未成熟であることを示しているのかも知れない。

実は、両社株主による承認というハードルをクリアしたNYSEユーロネクストとドイツ取引所の経営統合にしても、統合後のグループ名すら決まっていない。統合後の持株会社となる、ドイツ取引所の株主が株式交換を承認した相手の社名は、便宜的に付けただけであることが明らかな「アルファ・ベータ・ネーデルランド・ホールディング」である。

華々しく幕を開けた取引所再編劇だが、様々な課題も見えてきただけに、今後の展開は予断を許さない。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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