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課題を残した村上ファンド事件最高裁決定

2011年06月13日

2011年6月6日、最高裁判所は、違法なインサイダー取引を行ったとして起訴され、一審、二審でいずれも有罪判決を受けた、いわゆる村上ファンドの代表者であった村上世彰氏とファンド運用会社による上告を棄却する決定を行った。これにより、村上氏を懲役2年執行猶予3年に処すなどとした二審の有罪判決が確定した。

証券取引法(当時、現金融商品取引法)は、株式公開買付(TOB)やそれに準じるような株式買い集めを行う者の内部者(役員等、主要株主等)や準内部者(弁護士や会計士など買い集めを行う者と契約を締結している者等)及び内部者・準内部者から直接情報の伝達を受けた者が、TOBや買い集めを行うことを決定したという事実が一般に公表される前に、TOBや買い集めの対象となる会社の株式を売買することを禁じている(167条)。村上氏は、2005年2 月のライブドアによるニッポン放送株式大量取得に関連して、ライブドアが株式の買い集めを「決定」したという事実を伝達されながら、当該事実が公表される以前にニッポン放送株式を売買したとして起訴されたのである。

この事件は、村上氏が阪神タイガース球団の株式上場を提案するなど社会的な知名度の高い人物であったことから注目を集めたが、法律論としては、インサイダー取引規制における「決定」の解釈が最大の争点となった。

この点について一審の東京地裁は、株式買い集めの「決定」が行われたと言えるためには、株式買い集めの「実現を意図して行ったことを要するが、それで足りる」とし、買い集めが「確実に実行されるとの予測が成り立つことは要」せず、「実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題とならない」と判示した。この判決は、1999年の日本織物加工事件最高裁判決(最判平成11年6月30日刑集53巻5号415頁)を踏まえたものだとされたが(注)、実現可能性がほとんどないような場合でも実現へ向けた作業が形式的に行われただけで「決定」になり得るとするかのような解釈を示したことに対しては、実務家を中心に批判も寄せられた。

ちなみに、この一審判決は、「(村上氏は)「ファンドなのだから,安ければ買うし,高ければ売るのは当たり前」と言うが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない。」と述べたことでも多くの市場関係者の反発を買った。しかしこの言及は、フジテレビやライブドアなど、村上氏と接触のあった関係者の信頼を逆手に取って利益を上げた氏の投資手法の背信性を強調するためのもので、ここだけから「裁判官が金儲けを否定した」と決め付けるのは、いささか飛躍が過ぎるというものだろう。

これに対して二審の東京高等裁判所は、「決定」が「投資者の投資判断に影響を及ぼし得る程度のものであるか否かを」「総合的に検討して個別具体的に判断すべき」とし、「決定」があったとされるためには、株式の買い集めが「確実に行われるという予測が成り立つことまでは要しないが、その決定はある程度の具体的内容を持ち、その実現を真摯に意図しているものと判断されるものでなければならないから、そのためには、その決定にはそれ相応の実現可能性が必要である」とした。そして、その実現可能性については、「主観的にも客観的にも、それ相応の根拠を持ってそのような実現可能性があると認められることが必要である」と判示した。村上氏有罪という結論に変わりはなかったが、ほとんど実現可能性のないような「決定」は「決定」ではないと認めたわけで、ある実務家は、この二審判決を「(日本)織物加工(事件最高裁)判決の一般論の一人歩きによる実務の呪縛を解く意義がある」と評している。

今回、最高裁は、この「決定」をめぐって次のような判断を示した。インサイダー取引規制は、禁止される行為の範囲について、客観的、具体的に定め、投資者の投資判断に対する影響を要件として規定していない。それは、「規制範囲を明確にして予測可能性を高める見地から、...決定の事実があれば通常それのみで投資判断に影響を及ぼし得ると認められる行為に規制対象を限定することによって、投資判断に対する個々具体的な影響の有無程度を問わないこととした趣旨と解される。」そして、株式買い集めの「実現可能性が全くあるいはほとんど存在せず、一般の投資者の投資判断に影響を及ぼすことが想定されないために...「決定」というべき実質を有しない場合があり得るのは別として」、会社の「業務執行を決定する機関」が株式買い集めに向けた「作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、...実現可能性があることが具体的に認められることは要しないと解するのが相当である。」その上で、本件においては、株式買い集めの「実現可能性が全くあるいはほとんど存在しないという状況でなかったことは明らかであって、...「決定」があったと認めるに十分である」と結論付けたのである。

こうした判断枠組みに基づき、最高裁は、二審の本件「決定」に関する結論は支持したものの、二審判決が「主観的にも客観的にもそれ相応の根拠を持って実現可能性があることを上記「決定」該当性の要件としたことは相当でない」と断じたのである。

つまり、最高裁は、インサイダー取引規制の対象となる重要事実に該当するかどうかは、投資判断に対する具体的な影響の有無によって左右されるものではないという、実務家の批判を浴びた一審判決と同様の形式主義的な判断基準を明確に採用した。最高裁によれば、それは規制範囲を明確にして予測可能性を高めるためだという。

しかし、法令に定められた技術的で詳細な要件に形式的に該当してしまえば、投資者の投資判断にほとんど影響を及ぼさないような未公表情報を持っている者による取引であっても違法なインサイダー取引だとするのでは、規制範囲を不当に拡大し、上場会社の関係者等の投資行動に対して必要以上の制約を科すことになってしまう。しかも、現実に上場会社やその役職員の株式等の取引をめぐるコンプライアンスの現場では、「うっかりインサイダー取引」を回避するためだとして、形式的な要件ばかりにとらわれた過剰なまでの取引抑制が日常化しているのである。

日本のインサイダー取引規制をめぐっては、規制の対象が内部者等から直接情報を受領した一次情報受領者のみに限定されていることが諸外国に比べて規制の対象範囲を不当に狭くし、実質的に不公正な取引が野放しになっているという批判もある。この点は、昨年いわゆる公募増資インサイダー疑惑が取り沙汰された際に論議を呼んだ。この規制対象者の一次情報受領者への限定もまた、規制範囲を明確にして予測可能性を高める趣旨から出たものである。

形式主義的な規制範囲の設定が、一方で過剰な取引抑制を招き、他方で「抜け穴だらけ」という批判を招いているとすれば大いに問題である。投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすような未公表情報の悪用を禁じるというインサイダー取引規制本来の趣旨に立ち戻るべく、規制の枠組みそのものを再検討することが求められるのではないだろうか。

(注)日本織物加工事件は、経営が悪化した上場会社が、他の会社との間でM&A及び第三者割当増資を行うことで合意し、新株発行を行う旨を決定したが、その情報を公表前に知って株式を買い付けた相手方会社の監査役(顧問弁護士でもある)が、インサイダー取引規制違反に問われたというものである。同事件判決において最高裁は、証券取引法にいう会社等の業務執行を決定する「機関」は「商法所定の決定権限のある機関には限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りる」と判示した。また、その「機関」による「決定」についても、「株式の発行それ自体や株式の発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいう」とし、「株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが、当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない」と判示した。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
フェロー
専門:証券市場論

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