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「ナレッジが宿ること」と人の価値

2018年08月16日

これまで人間にしかできなかったことが人工知能の発達で機械にも可能になったというニュースを聞くに連れ、本質的に人にしかできないことは何だろうと考えることが多くなった。そのようなことに思いを巡らす中で、「ナレッジ(知識)が生まれるには人が不可欠である」という主旨の話があったことを思い出した。ナレッジマネジメントの権威である野中氏(現一橋大学名誉教授)らの代表的著作「知識創造企業(1996年、東洋経済新報社)」の中にあった表現である。


ナレッジマネジメントというと20年ほど前のブームを思い出す人が多いかもしれない。当時は多くの企業がナレッジマネジメントの為にグループウェアやDWH(データウェアハウス)を導入しようとしたが大半は大した成果も出ずに終わってしまった。そのようなプロジェクトに関わった人からするとナレッジといえば、社内ドキュメントとかデータベース内の情報がイメージされることだろう。しかし、「知識創造企業」でも述べられているように、本来、ナレッジが意味するところはそのようなスタティックな文書とかデータといったものではなくて、もっとダイナミックな性質を持ち、企業の付加価値の源泉とも言うべき深みのある概念である。


誤解を恐れずにナレッジの定義を簡略化するならば、「課題を解決する力」という表現が当たらずとも遠からず、と言えるのではないかと思う。一見、「それがナレッジ?」と思いたくなる表現ではあるが、この定義はナレッジと混同されがちな「情報」とも区別がつき易い利点がある。例えば、顧客に金融アドバイスを提供するアドバイザーの場合、顧客の家族構成や職業、年収などの情報に、投資可能な金融商品や相場動向に関する情報などを加えて、総合的に判断した上で顧客に適した資産運用の提言を行う。顧客や金融商品に関する情報はあくまでも単なる情報に過ぎず、これらの情報を元に、課題である「顧客に適した資産運用」を導き出した力がナレッジである。そして、この力があることを「金融アドバイスのナレッジがある」というわけである。


では、このようなナレッジが生まれる上で人は不可欠なのであろうか。確かに、野中氏らは「知識創造企業」の中で、企業内のナレッジは先ずは人の中に暗黙知という形で宿ると主張している。では、金融アドバイスの例に戻るなら、顧客や金融商品の情報に基づいて顧客に適した資産配分を提案することは、機械にできるようにならないというのであろうか。


このように問題設定すると、ロボアドがあるじゃないか、という反論が容易に思いつく。ロボアドだって一定の課題設定に対して解を示す力をもっているではないかと。しかし、それでも回答は「Yes」、即ち、ナレッジは人にしか宿らない、が正しいと思う。金融アドバイスの例ではロボアドはナレッジを作り出していないからである。人に与えられたデータに基づいて答えを反復学習するか、最も簡単なケースであれば計算式に従って応答しているに過ぎず、前提条件の数が変わっただけでも学習し直す必要がある。それも人の手を借りて学習するわけである。ロボアドのナレッジは人が植え付けたものに過ぎない。


これに対して人のアドバイザーの場合は、一定のマニュアルとかガイダンスの助けを借りることもあるだろうが、顧客の反応に応じてずっと柔軟な対応が可能である。顧客とのやり取りの中で課題自体を変更する必要性に気付くケースもあるだろう。例えば、有価証券の運用だけでなく保険も組み合わせた提案が求められるかもしれない、あるいは、資産運用の前提としての収入の方に大きな不安があるという話になるかもしれない。このような様々に起こりうる事態に何らかの解決策を見つけにいくこと、それが「ナレッジが宿る」ということであり、人ならではのことである。


それでもまだ、同様の解決策を導出できるようにディープラーニングで学習させればいいじゃないか、という反論があるかもしれない。何でもかんでもデータを与えて学習させればいいだろうという発想である。しかし、アドバイザーが顧客とのやり取りから課題そのものを切り出してくるようなケースでは、その前提となる論理空間が広すぎてデータを与えて学習させるという解決策も現実的ではなくなる。逆に言えば、事前に学習してもいないことに対して発見的に、しかも安定的(ロバスト)に解決策を見つけ出すことができる人の脳の構造のすごさを改めて感じざるを得ない。


米国では完全無人型のロボアドの成長性に陰りが見え始め、人によるアドバイスを組み合わせたハイブリッド型が主流になりつつある。金融アドバイスの分野だけでなく、今後、様々なサービスにおいて人と機械を如何に混ぜ合わせるか、人の価値を正面から捉えたデジタル戦略が重要になってくる。人の価値を測るバロメーターとしてナレッジに着目することは、埋もれかけているナレッジマネジメントをデジタル戦略の中に活かしていくきっかけになるのではないか、と思う。


Writer’s Profile

小粥泰樹Yasuki Okai

金融ITイノベーション事業本部 副本部長
研究理事
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