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日常へのアクセス競争と金融教育

2018年06月25日

金融庁が金融教育を目的としたビデオを作成した。貯蓄から資産形成への促進を目的として作成したものであり、①リスクを伴う投資について何故主体的に考えなければならないのかを説明し「その気」にさせるもの、②金融教育の基礎となる分散投資や積み立て投資の意義について説明するもの、③実際に資産形成を行う際に日本で用意されている優遇税制についての説明、の3つが用意されている。


資産形成の必要性についての理解を通じて個人の投資拡大に繋げたいという視点からは、この3つの中で最も大事なのは①の「その気」にさせる部分だと思うが、上記ビデオでは「経営」のようなものとして投資を説明している。ビデオに登場している個人も「経営?」と当惑気味な表情が出ていて、「経営」という普通の人にとって難しいと感じる概念を資産形成の説明に使うことの有効性にはやや疑問が残るが、資産形成を考える上で人生の目標を意識させることが極めて重要なことであり、その為の工夫としては十分に理解できる。


金融教育というのは日本の金融業界にとって永遠の課題と言っても良いほど長くその重要性が言われてきているが、なかなか効果が出ていない難題でもある。そもそも江戸時代の武士道の名残であろうか、日本には投資というのは博打と似たようなものであるとする考え方が古くより存在し、多くの先達が投資のイメージを刷新しようと努力されたものの、未だ投資で儲けることに対してある種のわだかまりのようなものがある。その辺りの人々の気持ちの奥底にあるものまで含めて変えていかなければならないとすれば、座学的な勉強ではなかなか受講者の分かった感にも繋がらないのではないかと思う。


座学的なアプローチとは異なる金融教育の方法として注目するのが、個人の日常に寄り添って貯蓄とか投資というものを習慣づけていくアプローチである。今日、貯蓄や投資というものが個人にとって遠いものと感じられるのは日常との関係性を見出せないということが一因になっている。個人が日常生活の中で食べたり学んだり遊んだりするその時々において、自分のお金について考える機会を提供し時間を掛けて徐々に投資の重要性の理解へと結びつけていく。例えば、日々ランチで使う費用を200円切り詰めることが20年後の100万円以上に相当するとか、ランチ費用を削るのはつらいので日々のオンラインショップでの買い物の都度支払金額の一定割合を少しずつ積み立てることで代替しようとか、更に貯蓄されたお金をそのまま預金においておいた場合とインデックス系の投信に投資した場合で1年間でいくら差が生じたかなど、今現在の小さなアクションと将来あるいは過去との関係性をこまめに見せることが、個人に貯蓄や投資の習慣を付けさせる有効な手段になると思う。実際、日本でも欧米でもマスリテール顧客を対象としたデジタルツールが普及し始めている。米国のAcornsや日本のマネーフォワードなどの新興企業はまさに顧客の日々のアクションと金融ディシジョンの間を埋める部分を意図的に狙ったサービスとなっている。大手金融機関も自らアプリを構築したり、新興企業と提携したりと顧客の日常へのアクセスを強めるべく全方位的に動いているように見える。


この、顧客の「日常へアクセス」するという動きは、これらに留まらない。Amazon等が提供するスマートスピーカー上でサービス提供を始める金融機関が増えている現象も「日常へのアクセス」の一環として捉えられる。これまでは株式市場の動向とか預金残高や取引履歴を音声応答してくれるという程度のサービスが中心であったが、徐々にサービスを拡張する動きが見られ、Morgan Stanleyなどでは市場見通しに加えて金融教育的なコンテンツの提供も始めた。今のところ顧客の個人的な事情を勘案したアドバイスを提供できる状態には遠いものと思われるが、近い将来、「同じ年齢の他の人はどのくらいためているのかな?」というような独り言にスマートスピーカーが「あなたの年齢の人は普通もっと貯めていますよ」というような回答がなされたとしたら、その後、自然と資産運用に関心を持つように誘導される可能性は高いだろう。また、世界情勢に感度の高いユーザーであればニュースを基点として自分が関心を持っているテーマ、例えば環境問題など、を軸にスマートスピーカーとのやり取りを深め、自分の社会貢献と投資行動をリンクさせるきっかけも生まれるだろう。このような気付きを与えることも金融教育の重要な要素であると思えば、スマートスピーカーは金融教育の絶好の提供チャネルとなる。


今後、社会の仕組みが大きく変わっていき、人の働き方やお金に対する価値観も変わるだろう、といった話も耳にする。実際、シェアードエコノミー的な傾向が更に強まり、個人の家計支出のパターンが大きく変われば、若いうちは借金してローンを返済し、貯めることは年をとってから考えればいいというステレオタイプ的な考え方も変わることが予想される。個人の日常に寄り添いながら教育機会を見つけるという発想は益々重要になっていくと思う。

Writer’s Profile

小粥泰樹Yasuki Okai

金融ITイノベーション事業本部 副本部長
研究理事

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