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イノベーションは一日にしてならず:「コンテナ物語」

2019年11月06日

現在のグローバル経済をもたらした最大のイノベーションとはなんだろうか?それは「箱」、つまり輸送用のコンテナであると著者は言う。本書は1950年代から60年代を通じて現在にまで至る、国際物流の世界に「輸送用コンテナ」が普及していく経緯を描き出したものである。本書は、一人の革新者マルコム・マクリーンの波乱万丈の挑戦を通じて、「コンテナ」が国際物流をどのように変革させていったかを丹念に辿る歴史書であると同時に、イノベーションの成立過程を解き明かす経済書でもある。2007年に邦訳が出版されていたが、現在では入手しづらかった。しかしつい先ごろ増補改訂版が出版された。これを機にこの名著をぜひ紹介したい。 (*なお筆者は2007年の初版を元にこの書評を書いている。この文章の内容が増補改訂版と矛盾したりすることはないと思うが、もしあった場合は完全に筆者の責任である。また引用ページなどが増補改訂版とは異なるかもしれない点はご容赦いただきたい)


  • [著] マルク・レビンソン
  • [翻訳] 村井章子
  • [発行日] 2019年10月24日
  • [出版社] 日経BP
  • [定価] 2,800円+税




イノベーションはシステムで生じる

現在のグローバリゼーションをもたらした大きな要素として「コンテナ」に焦点を絞った著者の慧眼は賞賛に値する。著者のマルク・レビンソンはThe Economist誌の金融・経済学担当エディターを務めており、その着想の土台が堅牢なものであることをうかがわせる。

「コンテナ」というものは発明としては(もしくは技術としても)単純なものである。しかし、1950年代までの物流の世界は、陸と海とで分断されており、さらに貨物は人手で扱われることが当然と思われており、しかもその産業には規制当局と労働組合が既得権利団体としてのさばっていた。「コンテナ物流」への変革は、分断され、かつ変化を好まない雑多な物流機能の集合体を、ひとつの一貫した物流システムに再編成する壮大な社会変革、言い換えればイノベーションだったのだ。

本書にイノベーション論を端的に表した言葉が出てくる。

発明の経済効果を生み出すのは、発明そのものではない。それを実用化するイノベーションである。いやもっと厳密には、経済学者のエリック・ブリンヨルフソンとロリン・M・ヒットが指摘するように、組織や制度の変革である。そうした変革によって、企業は新技術のメリットを生かせる組織に生まれ変わる。(同書、p.27)
(柏木註:引用中の「エリック・ブリンヨルフソン」は、現在では「エリック・ブリニョルフソン」と表記されることが多い。ちなみに、あの「ザ・セカンド・マシン・エイジ」の共著者である)

発明は単独では経済効果を生み出さない、制度や組織が発明の真価を引き出せるように変革されて後に初めて発明は経済効果を生み出す、という考えは重要である。


電気によるイノベーションの普及経路

ジェレミー・リフキン「限界費用ゼロ社会」で電気によるイノベーションの例が挙げられていたが、そこでも制度や組織の変更が重要なファクターとして扱われている。

電気以前の工場の動力は蒸気機関だった。蒸気機関は巨大で、かつ水と燃料の供給を必要とする装置だった。そのため、工場は水利と燃料輸送のために川や海のそばに立地する必要があり、また工場内の機械やラインのレイアウトも蒸気機関を中心とした固定的かつ長大なものとして設計されていた。

このような蒸気機関時代の工場にも20世紀初頭には電気が供給されるようになったが、当初は生産性にほとんど影響を与えなかった(工場の照明設備が改善された程度だった)。なぜなら、当初の蒸気機関工場では、電気を蒸気機関の動力を補完するものとしてしか扱っていなかったからである。

電気が本格的に生産性を向上させるのは、「電気を前提として作られた工場」が登場してからである。電気は、コンセントさえあれば自由に動力を得ることができる。そのため、工場内の機械やラインのレイアウトは、蒸気機関工場と比べて飛躍的に自由度が増した。さらに、製品の生産量の増減やライフサイクルに従って柔軟にラインを組み替えることも可能にした。また、水や燃料の輸送の必要がないため、工場の立地も自由度が増した。一言で言えば、内陸の需要地に近い場所に工場を立地させることができるようになったのである。この新世代の電気工場では、蒸気機関工場の実に100倍の生産性向上が達成された。

コンテナもこのような制度・組織の変革を成し遂げることで国際物流にイノベーションをもたらした。それまでの人力による荷役が前提だった海運では、港での荷物の積み下ろしに平均して10日程度かかっていた。これは一般的な大西洋横断の航海にかかる日数とほぼ同じであり、大きなボトルネックとなっていた(さらに言えば、全航海日程で見れば航海自体が占める日数はたいしたことがないため、船舶の高速化に対する投資も行われなかった)。ところが、コンテナが登場すると、荷物の積み下ろしは1日程度で終わるようになった(現在では数時間ということもある)。このボトルネックが解消されたことで、海運業界は一気に船舶のコンテナ最適化、大型化、高速化への投資を拡大するのである。

この変革の対象は、船舶、船会社、港湾設備、港湾労働者、労働組合、規制当局、標準化団体、トラック運送会社、鉄道会社、そしてそもそもの積荷を生産する生産者まで多岐にわたる。これらの組織が「コンテナに最適化する(同書では「コンテナリゼージョン」と呼んでいる)」ことで、国際物流は1950年代の数百分の一のコストで世界中にモノを運べるようになったのである。


これも「イノベーションのジレンマ」だ

そして、このコンテナ物流変革のプロセスは「イノベーションのジレンマ」的なメカニズムでもある。破壊的イノベーション(ここでは「コンテナ輸送」)が、それまでの持続的イノベーション(昔ながらの人による積み込み)を、ある時点で超えることで旧来の製品を一気に駆逐するプロセスと見ることもできるだろう。そして、たいていの組織は破壊的イノベーションへの対応を間違えるというのが、クリステンセンが喝破した「イノベーションのジレンマ」の気の滅入る理論である。

実際、コンテナによる物流革命に対して(後から見れば)全くの見当違いの対応をとった組織の実例が本書には数多く登場する。例えば、荷役を独占していた港湾労働者の組合は、コンテナの導入による効率化によって職が減ることに抵抗し、コンテナ対応のための新たな設備投資に反対し続ける。その結果、海運会社は労働組合の力が弱い港に荷役を移さざるを得なくなってしまう。また、コンテナ物流にとって不利な旧来型の水深が浅い港湾は、自分達のビジネスの持続的イノベーションの改善(例えば積荷を引き上げる埠頭のクレーンの増強とか)にとらわれ、大型船が横付けできる大深度のバースを整備した新興の港湾にとって変わられる。

破壊的イノベーションは単独ではおそらくそれほどの脅威となるわけではない。なぜなら、既存の仕組みはそれまでの持続的イノベーションに最適化した形ででき上がっており、そこに一部分だけ破壊的イノベーションを適用してもさしたる効果は見られない。しかし、破壊的イノベーションに最適化した仕組みや組織が作られると競争の構図は一変する。破壊的イノベーションに最適化した組織はそれまでの組織とは桁違いの生産性を達成する(そしてその生産性革命は往々にして旧組織からは見えない)。この時点で、持続的イノベーションの敗北は決定付けられてしまっている。

現時点で優れている組織は、おそらく持続的イノベーションを前提とした組織であり、持続的イノベーションに最適化した仕組みを持っている(だからこそ、現時点での競争優位性を持っているとも言える)。しかし、破壊的イノベーションに最適化した組織が誕生してしまった後、既存プレーヤーが生き残るための選択肢は、自らを根本から破壊的イノベーションに合わせて再構築することしかない。そしてその決断と実行に成功した企業は驚く程少ないのも事実である。

同書で語られる「コンテナ」の物語は、実はイノベーションの歴史で繰り返されてきたパターンの典型とも言える。


イノベーションは一本道では進まない

もうひとつ、この本で繰り返し強調されるのは、「コンテナリゼーションは決して順調に整然と進んでいった」ものではないという点だ。

この「箱」の歩んできた道をなぞってみてなんとも驚かされるのは、専門家や先駆者でさえ繰り返し道を誤ったことではないだろうか。(同書、p.350)

同書では、コンテナが物流に及ぼす影響があまりに広範囲かつ甚大であるため、全体像や将来像を見誤る専門家や当事者がたくさん登場する(当然、中にはかなり正確に将来を見通す専門家も登場するが)。これは現代でも実に示唆的である。確かに1950年代や60年代には今ほどのデータもなければ、分析するコンピュータパワーも貧弱だっただろう。そのような能力面での制約を、これらの専門家の誤謬の原因とみなすこともできるだろう。しかし、それはおそらく偏った見方であり、またこれからも同じ過ちを繰り返すであろう危険な考え方に思える。

同書には、コンテナが及ぼす競争環境変化を見誤ったり、誤解したり、無視したりした結果の悲惨な意思決定が数多く登場する。無駄に終わった港湾の設備更新(公共事業として税金が投入された)の例、燃費効率を度外視した最新鋭船舶(オイルショックで運行すればするほど赤字となる)の例、雇用補償に固執し続けたために、港湾自体から積荷がなくなってしまった港湾労働者の組合の例など。

また、コンテナによる変革で、バリューチェーンのウエイトが大きく変わることに対する利害対立も混乱を助長した。それまでの国際物流では、港に船が着いてからの停泊日数が非常に長く、またコストもかかっていた。そのため、その部分のバリューチェーンを押さえていた勢力の力が強かったのだが、コンテナの普及によって、港での停泊時間は圧倒的に短縮化され、バリューチェーンの構造自体が変わってしまったのである。しかし、以前の構造のバリューチェーンにしがみつかざるをえない勢力というのはどうしても存在するし、そこの利害をどう調整するのかという問題は、あらゆるイノベーションの裏側に常についてまわる問題である。

イノベーションは、その普及期に様々な紆余曲折を経験する。それは専門家ですら(だからこそ?)見誤ってしまうような将来像の誤謬がもたらすものであり、また避けようのない利害対立と調整の政治がもたらすものでもある。イノベーションとは想像以上に泥臭いものなのかもしれない。


現在の「コンテナ」はなんだろうか?

さて、現在AIやブロックチェーンがもてはやされたり、けなされたりしている。しかし、本書を読んで思うことは、「発明は発明単独ではイノベーションではない」ということだ。AIにしろブロックチェーンにしろ、この「発明」に沿った形で組織や制度が変革して初めてこいつらは「イノベーション」になる。

では、例えば「システムとしてのAI」とはどのような姿になるのだろうか? 例えば、Amazonは、AmazonGoという無人レジの店舗を運営している。しかし、Amazon自身は、AmazonGoを「無人化」することを必ずしも目指していない。実際、アメリカのAmazonGoの店舗では、通りから見えるキッチンスペースで、店頭に並ぶサンドイッチや惣菜を従業員が作っている。Amazonは、そこで買物をする人の行動をデータとして収集することに価値を見出しているようにも思える。一方、日本でも人手不足に悩むコンビニは無人レジの導入などを検討しているようだが、果たしてそれは「AI」という破壊的イノベーションに適した仕組みなのだろうか。

そしてまた、AIシステム上での競争優位性の源泉はなんだろうか。現在は「データ」こそがその競争力の源泉ということになっている。もし仮に「データ」が競争優位性の源泉だとすると、それに最適化した組織構造や仕組みを根本から見直さなければいけない企業・組織は多いだろう。おそらく、製品の設計思想も根本から変えなければいけなくなるはずだ。例えば日本の家電メーカーは、いまだにボタンが大量についたリモコンを作っている。一方、Google Homeは声を認識して家電のリモコンの役割を果たしてくれる。GoogleHomeはユーザのすべての呼びかけをデータとして収集・分析している。つまり、そこには家電がどう使われているのか、何を家電に望んでいるのかのデータがある。しかし、日本の家電には、サポートセンターにしか顧客のフィードバックが集まらない。このままで大丈夫?

しかし、ここで一度立ち止まらなければいけないのは、イノベーションは「一本道」では進まないということを思い出すべきだからだ。世の専門家はAIのバラ色の未来を喧伝する一方で、仕事が奪われた人間の悲哀に満ちたディストピアも唱えている。強力な監視国家の登場を危惧する声と、ベーシックインカムによる安心社会の到来を期待する声もある。また様々な既存勢力のロビー活動によって、Googleに強力な規制が加わり個人情報を集めること自体が難しくなるかもしれないし、Amazonはいくつかの事業会社に分割されるかもしれない。ひょっとするとサービスの「無人化」を禁止する「人間雇用責任法」みたいな馬鹿げた法律が制定されるかもしれない(これを馬鹿げてると思う方はイギリスの「赤旗法」をググっていただきたい)。

このすべてがおそらく間違っていて、そしてまた正しいのだろう。我々がこれから目にするものは対立する利害であり、壊される側の抵抗であり、新しく作った仕組みで繰り返される失敗であり、そしてどこかで起こっている生産性革命の萌芽だろう。我々は「AIに最適化した組織・仕組み」をこれから考え続けていかなければいけない。


コンテナ以外にも、世の中を変えたイノベーションはたくさんある

■50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ

  • [著] ティム・ハーフォード
  • [翻訳] 遠藤真美
  • [発行日] 2018年9月20日
  • [出版社] 日本経済新聞出版社
  • [定価] 1,800円+税




さてネタバラシになるが、筆者がこの本の存在を知ったのはティム・ハーフォードの「50 いまの経済をつくったモノ」によってである(第III部 新しいシステムを発明する 17章 輸送用コンテナ)。こちらの本は、「コンテナ物語」のコンテナに匹敵する有史以来の人間の生活を変えたイノベーションを50個選んで説明している。いくつか例を上げると「有刺鉄線」「バーコード」「エレベーター」「複式簿記」「銀行」「インデックス・ファンド」など。

挙げた例からも分かる通り、同書が取り上げるイノベーションの数々は昨今のテクノロジーに偏っているわけでもないし、金融などの社会経済的なイノベーションも多く含まれている。

現在は「デジタルイノベーションの時代」とよく言われるが、ロバート・ソローが指摘した「膨大なIT投資が行われたわりには、生産性が上昇していない」という「生産性のパラドックス」を圧倒的に否定できるほどの生産性革命はまだ起きていないように思える。しかし、それも当然のことで、イノベーションがその真価を発揮するのは、社会・システムがそのイノベーションに最適化されてからのことである。そして最適化の進展を測る一つの目安が「そのイノベーションに最適化した組織が誕生したかどうか」という経験則がある。さて、みなさんはGAFAやその他のスタートアップは、すでにAIやブロックチェーンといったイノベーションに最適化した組織だと思いますか? 思いませんか?

Writer’s Profile

柏木 亮二

柏木亮二

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:IT 事業戦略分析

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