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【番外編】2019年ノーベル経済学賞とDX(後編)

2019年10月18日

2019年のノーベル経済学賞には、貧困問題の解決にRCT(ランダム化比較試験)やフィールド実験などの科学的手法を導入したエステル・デュフロ教授らが選ばれた。このRCTやフィールド実験、そして因果推論といった「因果関係をきちんと抽出できる分析手法」が近年急速に発展している。ビッグデータという言葉が登場して久しいが、大量のデータの中から単なる相関関係を見つけて一喜一憂するようなデータ分析では、データの真の価値を引き出せない。また、「何を知りたいのか/確かめたいのか」を明確にしないまま、ただ漫然とデータを集めても、分析に耐えうるデータは集まらない。実験にせよ、企業の施策にせよ、事前の計画・設計こそが重要であるという点も肝に銘じておきたい。


2017年はデータ分析関連書籍が大豊作の年だった(遠い目)

といってもせいぜい2年前なんですけどね。この年、RCTなどの実験経済学の良質の啓蒙書や専門書が立て続けに出版された。ここではそのうちの2冊を挙げる。

■データ分析の力 因果関係に迫る思考法

  • [著] 伊藤公一朗
  • [発行日] 2017年4月18日
  • [出版社] 光文社
  • [定価] 780円+税



この伊藤公一朗「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」は、タイトル通り「因果関係」をデータから抽出するための分析手法についてわかりやすく説明した本である。新書なので読みやすいが、取り扱っている分析手法に妥協はない。

本書の構成は、因果関係を推定する手法として、「実際に実験をやって調べる手法」としてランダム化比較試験(RCT)をまず説明する。しかしRCTは手間も時間もコストもかかるし、そして社会的な問題に関しては実験を行うことで倫理的な問題を引き起こす領域もある(例えば教育や医療などでは、実験とはいえ提供するサービスの質に差をつけることは許されるべきだろうか)。そのため、理想的なRCTの実施が難しい場合もある。そういった場合は、「何らかの形で実験に似た状況が起きた場面や状況」を探してきて、その前後の変化を分析することでなんらかの因果関係を探るという分析手法を用いる。この分析手法を「自然実験」と呼ぶ。

例えば医療保険の自己負担の制度が変更になった場合を考えてみる。制度の変更の前と後で国民の健康状態に大きな変化はないと考えていいだろう。唯一変わったのは診療費の自己負担額だけである。もしこの変更の前後で医療サービスの消費量が変わったのであれば、医療費の自己負担は国民の医療サービスの利用量に影響を与えることがわかる。このような分析手法が紹介されており、また現実のビジネスや政策立案にこういった因果推論の手法を応用する事例も紹介されている。


■「原因と結果」の経済学

  • [著] 中室牧子、津川友介
  • [発行日] 2017年2月
  • [出版社] ダイヤモンド社
  • [定価] 1,600円+税



続いては中室牧子・津川友介「『原因と結果』の経済学」である。こちらも上記の本に近い内容を扱っているが、内容的には医療の領域の話題が多い。著者の一人である中室牧子氏は、2015年に出版された「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者でもある。共通したスタンスは「きちんとデータに基づき、さまざまな俗説や経験論の効果をエビデンスで峻別していく」というものである。

この本の検証対象の一つに「メタボ健診を毎年受ければ長生きできる」という仮説がある。これは企業にお勤めの方なら毎年の人間ドックの受診が義務付けられていることもあり、漠然と「まあそうなんだろう」というくらいの共通の認識になっているだろう。しかし、実際のデータからはメタボ健診と寿命の間には因果関係はみつからなかったのである。見つかったのは「相関関係」のみ。つまり、検診を受けた「から」、長生きできた(因果関係)のではなく、「検診を受ける人」には、たまたま「長生きの人が多かった」(相関関係)に過ぎないということが明かされる(とはいえ、人間ドックは毎年受けたほうがいいですよ)。

これらの本を読めば「なんとなくもっともらしいと思われてきたこと」に本当に意味があることなのかを確かめるリテラシーが高まるだろう(もっともらしい意見だがまだ検証したわけではない。念の為)。


もう少し具体的な領域の本も

次に、手法の解説ではなく、エビデンスに基づいたより具体的な領域の分析を扱った本を挙げる。

■「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

  • [著] 伊神 満
  • [発行日] 2018年5月28日
  • [出版社] 日経BP
  • [定価] 1,800円+税



まずは伊藤満「『イノベーターのジレンマ』の経済学的解明」である。あの有名なクリステンセンの「イノベーターのジレンマ」理論を経済学のモデルで説明した画期的な分析である。イノベーターのジレンマとは「優秀な企業は『優秀である』がゆえに新たな技術革新に対応できずに衰退する」という近年でもっとも影響力を持つ理論である。同書では、このイノベーターのジレンマを「共食い」「抜け駆け」「能力格差」といった観点から、優良企業がその優秀さ故に技術革新に対してとってしまう反応をモデル化して説明している。実は、クリステンセンの「イノベーターのジレンマ」は有名ではあるものの、その理論のよって立つところはケーススタディが多く、経済学の視点からは理論的なものとしては扱われていなかった(せいぜい「仮説」といったレベルの扱いだった)。本書はその欠けた理論部分を見事に実証的な手法でモデル化した点で画期的なのである。

そして、モデル化したことで理論はさらなる領域に到達しうる。その先、つまり「ジレンマ」をどうすれば解消できるかを理論で示すことができるのである。具体的な内容はぜひ本書を読んでいただきたいが、一つだけ挙げるとすれば「損切り」ができれば、既存企業の生存確率は高まるのである。投資の世界で生き延びる能力の一つに「損切り」の能力が含まれることに異論はないだろう。企業の生き残りにも案外投資の世界の経験は活用できるようだ。


■日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

  • [著] 大湾秀雄
  • [発行日] 2017年6月16日
  • [出版社] 日本経済新聞出版社
  • [定価] 2,300円+税



大湾秀雄「日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用」は、タイトル通り人事戦略に因果推論のアプローチを導入して、きちんとした定量的なPDCAサイクルを回すための教科書である。取り上げるテーマは「女性の活躍推進施策の効果は?」「働き方改革の効果的な施策はどのようなものか?そしてその効果をどう測定するか?」「採用施策はうまくいっているのか?」「優秀な社員の定着率を上げるための施策はどのようなものか?」といった切実なものが並んでいる。

著者の主張の大枠は以下のサイトを参照してほしい。
[イベントレポート] 日本の人事を科学する ~なぜ人事データの活用が必要なのか~ | 日本の人事部「HRカンファレンス」

上の記事中で私が個人的に膝を打ったのは、研修の効果を測定するにあたってのRCT的手法の活用である。

研修対象者をランダムに二つのグループに分け、一つ目のグループにまず研修を行い、1年後に、二つ目のグループに研修を行うようにする。少なくとも1年間は、研修を受けているグループと、受けていないグループができるわけです。この二つのグループで、どのように行動が違うのか、どんなふうに評価が違うのかを比べることで、研修効果を計ることができます。

ただ、本書を読んだからといってすぐにこれらの課題に対する有効な手が打てるようになるわけではない。なぜなら、これらの施策にはデータの裏付けが必要だからだ。現時点でこれらの施策の効果を定量的に分析できるだけのデータの蓄積と分析の体制が整っている企業は多くないだろう。しかし、逆に言えば今すぐにデータを活用できるような仕組みに転換する取り組みを始めなければいけないということでもある。

近年、人事戦略は採用難や働き方改革などで大きな変化の時期を迎えている。この変化に有効な施策が打てるかどうかはデータ活用の力量にかかっているのではないだろうか。


■「家族の幸せ」の経済学

  • [著] 山口慎太郎
  • [発行日] 2019年7月18日
  • [出版社] 光文社
  • [定価] 820円+税



続いては、山口慎太郎「『家族の幸せ』の経済学」を取り上げる。この本では、データ分析によって結婚や出産、そして育休・イクメンなど「家族」に関わる様々な論点とそれにまつわる俗説と実際に有効な施策を分析した良書である。

上の「日本の人事を科学する」ともつながる話になるが、少子高齢化という日本の現実を考えれば、今後は個々人のライフステージの変化に、企業の方が制度を合わせていく必要がより強まるだろう。その際に、結婚や出産といった男女ともに人生に大きな影響を与えるライフイベントに対して、過去の古い価値観に偏った制度のままで対応できるとは思えない。もっと言えば、金融産業にとって若年層のファミリー市場の開拓は長年の課題である。彼ら/彼女らの現実とニーズを理解するためにも読んでおくべき一冊である。


■世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

  • [著] 津川友介
  • [発行日] 2018年4月
  • [出版社] 東洋経済新報社
  • [定価] 1,500円+税



最後に紹介するのは津川友介「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」である。世の中にダイエット本や健康本はあまたあるが、きちんとしたエビデンスに裏付けられているものは限られている。同書はタイトル通り、科学的エビデンスに基づいた「健康にいい」食事の教科書である。

本書は大きく3つのパートから構成されている。まずは「日本人が勘違いしがちな健康常識」で、いわゆる俗説や科学的根拠のない健康法をきちんと論破する。ついで、「体によいという科学的根拠がある食べ物」と「体に悪いという科学的根拠がある食べ物」が具体的に列挙される。

近年、企業でも健保組合を通じて生活習慣病への組織的取り組みが求められている。まずは食事の内容を見直すことから始めるのはどうだろうか。

Writer’s Profile

柏木 亮二

柏木亮二

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:IT 事業戦略分析

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注目ワード : デジタルトランスフォーメーション(DX)

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