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デジタル時代の競争政策

2019年10月09日

GAFAに代表される巨大なプラットフォーマーによる情報の独占への危機感が世界的に強まっている。EUはGDPR(一般データ保護規制)の導入によってアメリカの巨大IT企業への情報の集中を牽制している。またアメリカでは民主党を中心に、巨大IT企業による反競争的な行為への追求の声が高まっている。日本でも巨大IT企業を念頭に、「デジタル市場のルール整備」の検討が進んでいる。そのような中、日本では公正取引委員会に新たな委員長が就任し、これまでの「抑制的」な独占禁止法の運用から、より「積極的」な適用へ踏み出しつつあるように見える。今回取り上げる本は、公正取引委員会の委員長に就任した杉本和行氏による、日本の競争政策の「今まで」と「これから」を俯瞰できる本である。

  • [著] 杉本和行
  • [発行日] 2019年8月27日
  • [出版社] 日本経済新聞出版社
  • [定価] 1,800円+税



競争政策の3つの変化

そもそも、競争政策はなぜ存在するのか。著者は「競争」とは、「人々の側に選ぶことができるという選択肢があることを担保することにより、企業はこうした人々のニーズを掘り起こし、消費者のニーズに応えようとするために行動しなければならないというインセンティブを与える枠組み(p.vi)」と規定する。もっと単純に言えば「イノベーションを促進するため」の枠組みが競争政策といえる。

さて現在、様々なデジタル技術が多くのイノベーションを生み出している。イノベーションが続々と誕生していること自体は、競争政策が健全に機能していることを示しているとも言えるが、それだけでなくイノベーションは新たな市場構造とインセンティブを生み出している。この変化にも競争政策はきちんとアップデートされなければならない。

さて、現在の競争政策の変化には次の3つの変化が挙げられる。一つは「経済のグローバル化」、2つ目は「プラットフォーマーの登場」、そして3つ目が「優越的地位の濫用の拡張」である。以下、それぞれを見ていく。


グローバル基準への対応

経済のグローバル化を否定する人はいないだろう。競争政策の文脈では、グローバル化は大きく2つの意味を持つ。一つは、日本企業による海外での経済活動が当該国の競争政策に抵触するケースが増えてきたことである。例えば、2011年から2012年にかけての日本の自動車部品メーカによる価格カルテルの摘発が挙げられる。当初日本で摘発されたこの価格カルテルは、米欧でもカルテルと認定され、アメリカでは日本の部品メーカ38社と外国企業7社が違反認定され総額約29億ドルの罰金を命じられた(さらにアメリカでは逮捕者も出ている)。欧州でも21社の日本企業またはその子会社と、外国企業14社に対して約17億ユーロの制裁金が課されている。

日本では談合の認定には当事者間の価格の合意の存在を立証することが求められるが、海外では談合の可能性とその後の値上げの事実という外形的基準でカルテル認定がなされるような制度が存在する。著者は日本企業の諸外国における競争政策の認識の遅れを危惧している。

そして、グローバル化のもう一つの側面が、競争政策のグローバル基準の確立・協調の進展である。一つの例として挙げられているのが、M&A(企業結合)に関しての判断基準である。先ごろ、地方銀行同士の統合に対する公正取引委員会の判断が話題になったが、著者は「市場範囲の画定としてSSNIPテスト」、続いて「合併による競争制限効果の判断基準としてのHHI指数(ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス)」によるグローバルスタンダードに則った評価基準を適用したに過ぎないと述べている(pp.90-91)。

このように日本の競争政策は、独自の歴史的経緯をふまえつつも、経済的につながっている諸外国の競争政策と歩調を合わせる形で変化しつつある。


プラットフォーマーの登場

2つ目の変化はいわゆるGAFAのようなプラットフォーマーの登場に対する対応である。この点に関しては、まだ検討が開始された段階であり、現時点で政策的な方向が明確になっているわけではないが、活発な議論が行われている領域である。実際、政府もプラットフォーマーの存在を前提とした競争環境を整備するために、デジタル市場競争会議を立ち上げ、年末を目処に方向性を出すとしている。

著者は、プラットフォームが持つ特性として「ネットワーク効果」「両面市場」「ビッグデータの事業利用」「ロックイン」といった点を重視している(これらの特性については前回の「プラットフォーム読み比べ」を参照してほしい)。これらの特性によって、プラットフォームは往々にして「寡占市場」や「独占市場」を構成しやすい事業構造となっている。一般的に寡占市場や独占市場になれば、企業側は価格の引き上げを図り消費者余剰を横取りし、また投資を減らすことで社会的厚生を損なう存在とみなされる。そのため、寡占市場や独占市場の形成を阻止するように独占禁止法が存在するわけだが、現在のプラットフォームビジネスの話のややこしいところは「利用者はタダでサービスを享受できている」という点である。

そのため、旧来の独占禁止法の枠組みでの「市場シェア」による独占・寡占については、直接的な損失は見えてこない。しかし、プラットフォーマーはそのプラットフォーム上で流通する情報をすべて把握できるため強い力を持っているはずである。その力によって反競争的な行為がなされていないかどうかを公正取引委員会は注視することになる。

実際、日本で経済活動を行っているプラットフォーマーに対して、公正取引委員会はこれまでも不公正な取引や契約について調査を行っている。例えばアマゾンジャパン合同会社に対しては、出店者に対して他のeコマースサイトの最低価格と同等の価格を強制(同等性条件と呼ぶ)しているとの疑いを調査し、同社から是正措置の報告を受けている。ほかにも、Appleジャパン合同会社や、エアビーアンドビー・アイルランド・ユー・シーなどのプラットフォーマーに対しても、不公正・不透明な行為があれば調査を実施しているのが実態である。

しかし、プラットフォーマーの規制に関してはもう一つ重要な論点がある。それが情報の独占である。そして、日本の公正取引委員会は、世界的に見て画期的となりうる競争政策を模索している。それが「優越的地位の濫用」の拡張である。


優越的地位の濫用の拡張

一般に「優越的地位の濫用」は、企業対企業の取引関係における力関係で、小さい企業が不利な条件を押し付けられることを指す。これを防ぐために日本では下請法(正式には下請代金支払遅延等防止法)が別途制定されている。そして、一般的に独占禁止法の適用領域は「B2B」であり、対消費者との「B2C」の取引は対象とされてこなかった。

しかし現在、プラットフォーマーによる情報の独占が、プラットフォーマーによる利用者に対する「(B2Cの)優越的地位の濫用」に当たるのではないかという議論がなされている。ただ、「優越的地位の濫用」については、何が「優越的」なのかを定義できるのかといった指摘や、どこからを「濫用」とするのかといった反論も以前からなされており(特に経済学の立場からは反対の声が強い)、明確な結論は見えていない。

ただこの議論が一気に加速するかもしれない事件が日本において起きてしまった。まさに「B2Cの優越的地位の濫用」をしてしまった事例となるかもしれない。それがリクナビ「内定辞退率」問題である。実際、公正取引委員会はこの事件を注視しているとコメントしている。


そして、このリクナビ事件を受けて、京都大学 大学院経済学研究科の依田高典教授も厳しい批判を行っている。

依田教授は、経済学の立場から(中略)次のようにコメントした。
GAFAは各国で訴えられ、賠償金を支払い、個人情報の取り扱いに慎重になっている。2019年6月、G20の議長国として、日本はデータ流通の国際ルール作りを主導した。こうした流れの中で、対消費者の優越的地位の濫用規制は無用の長物だと思っていた最中に、事件が起きた。
今回の事件は濫用に該当すると考えられる。プラットフォーマー規制はGAFAを念頭に議論されてきたが、そのまま対応の遅れている日本企業へのブーメランとなる。特定企業を批判したくないが、その影響は大きい。再発防止が大切だ。

(出所)リクナビ事件を徹底討論「国民が幸福かどうかという視点を」 個人情報保護法や経済法、労働法などの問題指摘 - 弁護士ドットコム

*依田教授の討論会でのスライド資料は以下のサイトから全文が閲覧可能である。ぜひ一読をおすすめする。

<討論会主催者>
一般財団法人 情報法制研究所
2019年9月9日(月)「第2回JILIS情報法セミナー in 東京」
就活サイト「内定辞退予測」で揺れる“個人スコア社会”到来の法的問題を考える
〜現行法の解釈における課題と個人情報保護法改正への提言〜
<スライド資料>
『行動経済学から迫るプラットフォーマー規制:リクナビ事件を題材にして』


現在日本でもデータを活用した様々なビジネスが検討されている。しかし、消費者・利用者の同意がないままに不利益を与えうるデータ活用に対しては非常に厳しい判断が下される可能性が高い。これは、ある意味で競争政策と消費者保護が徐々に融合し始めてきたことの現れかもしれない。

金融庁は以前から「顧客本位」を重要な行動規範として掲げている。金融ビジネスでのデータ活用に関しても、この視点を見落とさないことが重要である。

Writer’s Profile

柏木 亮二

柏木亮二

金融イノベーション研究部
上級研究員
専門:IT 事業戦略分析

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